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アツヲに訊け!スーパー![12]
   
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ブログだけで読める「アツヲに訊け!スーパー!」第12回!
ついに質問をまったく無視して独自の励ましを展開するアツヲ。
長い!長い!長い!長いよ〜!
真剣すぎるよ〜。こわいよ〜。


 
高校生のうちに、しておけばよかったことはありますか?
めろん(18歳・女)

 
 せっかくのアツヲに訊けスーパーだ。質問には紙面で答えたから、ここでは18歳のめろんのためにちょっと違う話をしようか。少し長いが、まぁ聞けよ。

昔、ロシアがまだソ連と呼ばれていた頃、そこにビャチェスラフ・ポローシンというロシア正教会の神父がいた。簡単に彼の生立ちを話すとこうだ。1956年、ごく普通の一般家庭に生まれたビャチェスラフ。少年時代は部屋にこもって本ばかり読んでいたことに加え、もともとの肥満体型が災いし学校では同級生にいじめられることも多かったそうだ。そんな彼も頭だけは抜群に良く勉強は常にトップの成績をおさめていたため、ごく自然な成り行きでモスクワ大学に進学すると哲学科で無神論を専攻する。そのなかで彼はキリスト教の一派であるロシア正教会の神父になることを決心したのだが、これが大学内で大問題となった。

当時のソ連といえば国のトップが神様より偉いとされるバリバリの共産国家だ。その国の最高の教育機関であるモスクワ大学、科学的無神論の先鋒である哲学部から神父が出てしまうなど絶対にあってはならないことだったのだ。憲法により信教の自由は確保されていたので誰も彼の行動を表立って止めることはできないが、これは事実上ソ連社会からのドロップアウトだ。やがてはエリートとして国を動かしていく男になるだろうと期待されていただけに周囲も大変驚いた。

しかしもともとが頭の良い人間であるビャチェスラフは存在が黙殺されたロシア正教会のなかですぐに頭角を現しはじめる。無神論を標榜するソ連であっても、哲学科の生徒が大切な試験の前夜、こっそり教会にお祈りに行く姿を何度も見ていた。そういう矛盾がこの国にはあって、地域に深く根付いた宗教は人間の生活と切っても切れない存在であることを見抜いていたんだ。彼はいつしかロシア正教会を経由して国の政治を裏から操るほどの影響力を持つようになる。

オレの集中力の都合上めちゃめちゃ端折ったが、このビャチェスラフの波乱に満ちた人生をまとめれば分厚い本ができることは間違いない。しかしまだ彼の話には続きがある。常に本質を見抜く才能に長けていただけに、やがてロシア正教会のなかでも組織の腐敗が目につくようになると、そこにも嫌気がさしてしまい、まさかのイスラム教に改宗してしまったのだ。2001年のアメリカ同時多発テロの直後で、ロシア(すでにソ連は崩壊し現在のロシアとなっていた)国内でもイスラム教に対して目つきが厳しくなっていた最中の改宗だった。ムスリムとなった彼はロシアでの地位を捨て、親しい友人や仕事仲間と一切の連絡を絶ち、どこかに姿を消してしまった。

 ロシア国内はもちろん、日本やアメリカとの政治・外交の裏のキーパーソンとなっていたビャチェスラフを様々な国の様々な組織が探した。しかしついには見つけることができなかった。生死不明ではあるが、ビャチェスラフに1度でも関わった者は彼の聡明さや先見性を知っているため、彼が死んだとは絶対に思っていない。我々の情報ネットワークの及ばないどこかの世界で、名の知られたイスラム研究者となっているのだろう。しかし同時にオレたちが歩む歴史に再び登場することはなさそうだ。よって英語やロシア語による彼の本も出版されそうにない。

 このエピソードいくつかの教訓がある。ひとつは「人は生きていると、自分の信じるものが根底から崩れることがしばしば起こる」ということだ。ビャチェスラフには少なくとも大きな転換が2回あった。彼だって大学時代は本気で無神論を証明しようと哲学と格闘したにちがいない。しかしそれを突き詰めた先には正反対の結果が待っていた。イスラム改宗にしても、最初はこの国の人間にはロシア正教が必要だと本心から思っていたのだろう。もしめろんが彼の立場だったらどうするだろう。彼のように「まぁそういうこともあるさ」と次々と新しい道に向かって前向きに腹をくくることができるだろうか。

 もうひとつは「ひとつの国にいながら集めることのできる情報には限りがある」という事実だ。海外を飛び回る外交のプロですら、本気で姿をくらました1人の人間を探し出すことができない。今日オレたちはスマートフォンを使って世界中の情報に指一本でアクセスできているように錯覚しているが、当然のことながら世の中の出来事のほぼ全てはインターネットの外で起こっている。ネットには何者かが恣意的に選び編集された記事がアップされているだけだ。それは法律により管理され、企業により商品として提供されている以上、完全に自由な情報空間とは呼べない。やがてオレたちのスマホがローカルエリアネットワークを広げる形で世界中の端末とサーバーを介さずに通信する「メッシュ」と呼ばれる状態が生まれると予想する技術者もいるが、もう少し先の未来だろう。

 めろんはこれから先は「大人」として社会を生きてゆくことになる。なにかと便利な世ではあるが、いっぽうでそれを運営する人間も世界もまだまだ不完全なものだ。ひとつの考えに偏ることなく、柔軟な心であらゆるものを公平に見てほしい。1度や2度の失敗でくじけるんじゃないぞ。健闘を祈る!


 
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by hoo-ja986 | 2016-09-20 21:09 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
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