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カテゴリ:アツヲ@営業部( 120 )
アツヲに訊け!スーパー ![22]
    
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ネットだけで読める「アツヲに訊けスーパー!」
そうか!山って、水発生装置だったのか!
よく大陸では水源をめぐって国家間で紛争が起こるけど、
日本は島国だから水発生装置独り占めよ!もうジャブジャブよ!
え?甘い?でも今回のホージャな人々、防災がテーマでしたよ。


 
私は店で水を買う人の気が知れません。水を買うなんてもったいなくないですか?アツヲさんは普段水を買いますか?
赤色黄色(28歳・女)


 日常的に買って飲む習慣はないが、有事に備えて必ずペットボトルの飲料水を一定量をストックしている。どこでもせいぜい100円程度でペットボトルに入った清潔な水が手に入る。これってけっこう奇跡だぜ!

 世界を見渡してみると分かるが、日本は国土の面積に対して驚異的に水が豊富な国だ。数千メートル級の山や山脈がいくつもあるので、そこを駆け上がっていく空気は急速に冷やされ、水分を含んだ空気は雲となりやがて雨を降らせる。いくら国土が広大でも、それが凹凸のない平野ならば数百万トンの水を含んだ空気もそのまま海か隣の国へ流れていってしまう。世界にはそれをただ見送ることしかできない場所も実に多いのだ。

 オレも赤色黄色と同じく普段日常的に店で水を買うことはない。しかし大切なのは「どの時点で何的に」もったいないのか?ということだ。水道が使える時には「平常時に金銭的に」もったいないミネラルウォーターも、災害時にはペットボトルに入っているということ、つまり保存と持ち運びができるという点で値段以上の価値がでてくる。

 大きな災害が起こってしまった時には水道から清潔な水が出ると思わないほうがいい。水が豊富と言われるこのあたりも、道が傷ついたりガソリンが不足したりすれば、たちまち物流はストップしてしまう。成人が1日活動するのに必要な水は約3リットルだ!

 そういえば、民俗学という学問を最初に確立した柳田國男が「想像や価値観を大きく超えてしまうものと出会った時、自分には生活苦があったために正気を保つことができた」というようなことをどこかで語っていた。「生活苦」という響きはいかにも重々しいが、戦前を生きた人間は柳田に限らず「空腹・乾き・疲労・暑さ・寒さ」そして「夜の闇」のような、自分の肉体を直接脅かすものとごく自然に共存できていたのだと思う。日本各地の名もない民話や伝承を聞いて歩き「遠野物語」に代表される、日常にこの世のものではない何かが音もなく入り込んでくるような奇譚・怪談を多く残した柳田。そんな彼の精神を、アンカーのように現実に繋ぎ止めてくれたものが肉体で感じる形のはっきりした苦しみだったんだ。

 21世紀の日本ではこの「生活苦」というのをほとんど感じずに生活することができる。しかし貧しい土地では1日がかりで汲みに行く水が簡単に手に入る社会で、人は「お金が足りない」「ダイエットが成功しない」「上司とそりが合わない」「恋人ができない」など実体のない他者の価値観の押しつけに真剣に頭を悩ませている。柳田の時代とオバケの種類は少し違うが、オレにもやはりそれは正気を失った状態に見えるけどな。正気、つまり当たり前の身体性を失うと、次に何か問題が起こった時に人はフィジカルで立ち向かえなくなる。気をつけようぜ。

 
 
 
 

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by hoo-ja986 | 2017-03-08 22:29 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー ![21]
    
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ネットだけで読める「アツヲに訊けスーパー!」
2月22日は何の日か知ってるか?
にゃんにゃんにゃん、
つまり特別にアツヲが2つの質問に答える日だニャー!


 
ハウツー本について。本によって真反対のことが書かれていて、何が本当なのか分かりません。やはり最終判断は自分でということなのでしょうか?
ちゃんまし〜(25歳・女)


 その通りだ!そのハウツー本の著者Aと著者Bの間で揺れ動いている状態がまさに、一人の人間としてのちゃんまし〜自身なのだ。ちゃんまし〜もそろそろ気づいているだろうが、世の中には無数の立場や視点があり、そこに絶対的な正義も悪もない。

 読書とは自分の信じるロジックの正しさを補強するためのものではなく「自分の考え以外はすべて間違いである」という、現代社会において陥りがちな息苦しい思い込みを薄めるために効果があるものなのだ。

 それでも何かはっきりとした答えにすがりたい時は平積みの新刊ハウツー本よりも古典を読めばいい。長い時間の洗礼を受けた思想というのはそれだけ価値が保証されているものだ。もし社会の本質に深く迫りたければ獄中手記(※1)もお勧めする。読めばちゃんまし〜は、また少し社会や人間が分からなくなるだろう。しかし何かを未知化するという行為は、人が前に進むための必須作業だ。

 昨今、世界最高の頭脳がしのぎを削るサイエンス・テクノロジーの分野でも、研究が先鋭化するほど答えを一つに絞ることができなくなりつつあり、各所でちょっとした騒ぎが起こっている(※2)。巨大な資本や叡智ですらある分水嶺を越えた時、ちゃんまし〜と同じ状態になっちまうんだ。近い将来「なにが本当かわからない」が世界共通の答えとなるのかもしれない。これからも自信を持って読書を続けてくれ!



人によく真面目すぎると言われます。自分ではそうは思わないのですが、なんだかモヤモヤします。すこーし不真面目になるには具体的にどんな行動をしたらいいですか?
ランク(36歳・女)


 紙面にて真面目は何も考えない状態と書いたが、それは決して悪い意味ではない。なぜなら人が「真面目」でいられる社会とはとても安定した社会だからだ。多くの日本人が気づいていないが、日本の美徳として語られる真面目(※3)という能力は一定の条件が揃ったごく限られた環境でしか発揮することができない。例えば真面目に勉強に集中できる受験生はおそらく生活面で親からの保護を受けているだろう。親と子の分業が確立された世界だ。サラリーマンが会社で自分の部署の数字だけを追えるのも、結局は同じような仕組みからだ(※4)

 しかし社会の枠組みが大きく変化する兆しのある現代では、何かにひたむきに取り組みながらも、各個人が周りの変化にアンテナを張っていないといけない。

 新しい世界観に真剣に目を向けることで、不真面目野郎として異端審問を受けるかもしれないが、これから先ビジネスでも個人でも新しい要素を取り込まないと生き残れない瞬間がきっと訪れるだろう。

 先のちゃんまし〜にも伝えたいことだが、もっとも手軽な不真面目への道は、自分が普段絶対読まないと思われる本を手に取り、中身もろくに確認しないままレジへ持っていくことだ。

 服や食事など、普段買っているもののグレードを中途半端に上げたところで、値段の割に得られる世界の広がりは想像の域を大きく外れることはない。それに比べ数千円の本など安いものだが、実際にやってみるとこれは強烈な罪悪感に襲われるぞ。罪悪感との戦いこそが不真面目への第一歩だ。図書館で借りる、などという甘い考えも捨てろ。身銭を切ることこそが背徳的な喜びを最大化させるんだ!

 質問とは関係ないが、人にそんな忠告するヤツに限ってランクがなにか斬新なことを始めたことを知った途端「もっと真面目に」なんて言い出すんだぜ!人と違うことをすると必ず誰か腹をたてるヤツが出てくる。不真面目はこっそりやるに限るな。



※1 獄中手記を読むとなぜか突然部屋の掃除をしなければという欲求が湧いてくる。断捨離がなかなか進まない人にもオススメだ。

※2 これがどのように問題なのか説明しよう。当然ながら最先端の研究ほど莫大な設備と資金が必要になる。その資金を集めるには大きなビジネスを後ろ盾にするより他ないのだが、実はそのためには「この研究を進めると必ずこのような結果が出るよ」ということを前もって出資者に約束してからでないとエライ人がゴーサインのハンコを押してくれないのだ。世の中で進んでいる大掛かりな研究は、すべて結果ありきで始められているというのが現実で、もし実験で約束した答え以外の結果がでてしまうと・・・わかるよな?

※3 一方で、日露戦争前夜に日本のメディアが開戦モードのなか非戦論を貫いた内村鑑三は「真面目」とは、面目が真になる、つまり「ものごとの様子があらわになる」という意味から、その人の中に眠る想いを正直に外に表現することであると説明している。要するに周りがどう言おうと自分が正しいと思うことを行動に移せる勇気を持った人こそが真面目な人であると定義したのだ。耳が痛いぜ。当時の日本は近代化の真っただなかで、日本人は今までの価値観と西洋から入ってきたばかりの「物質的な豊かさこそが幸せ」という思想とのあいだで大きく葛藤していたんだ。いつでも時代の転換点においては、切実に真面目の意味が問われていたんだな。ってか、もう今日は「カンゾーに聞け!スーパー!」でよくね?

※4 よって戦場で「真面目」をやると死ぬぞ。


 
 
 
 
 

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by hoo-ja986 | 2017-02-22 22:05 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー ![20]
     
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ネットだけで読める「アツヲに訊け」の拡大版!
その名も「アツヲに訊けスーパー!」
でももちろんアツヲにだって解決できないこともあるよ!
今日はそんな日!


 
毎日の家事にイライラします。なんで女ばかりがしなきゃいけないんですか?
ようりん(36歳・女)


 世の中には男が多くの家事を担う家庭も少なくはない。「女ばかりが」という表現が的を得ているかはさておき、もし混乱してとてもこなせないようの量なら、しばらく外食で済ませるなりハウスクリーニングを頼むなり、一度は戦線から大きく距離を取ることも重要だ。

 日本人はなにか自分に手に負えない問題が起こったとき「一所懸命」の精神からだろうか、その渦中のど真ん中で考えるクセがあるように思う。いじめられても休まず学校に行ってみたり、家族仲が悪い時期に無理に一緒に住んでみたりしたところで、自殺やDVの悲劇が増えるだけだ。戦いの基本は「アウトオブレンジ」。つまり相手の攻撃が届かない場所からこちらの攻撃を落ち着いて正確に加えることで有利な状況を作り出せる。何かを解決しようとしたときに問題の射程圏内にいてはダメなんだ。散乱した部屋をそのままにしてでも、まず近所のカフェに一時避難してコーヒーの一杯でも飲んできたらいい。

 そうだ、今日はレヴィ=ストロースの話をしよう。正式な名前はクロード・レヴィ=ストロースという。彼はフランスの民族学者で、オレたちの暮らしが近代化されていくなか、現代人こそ野生の感性を忘れてはならないと説いた人物だ。

 彼は今から何十年も前に情報が溢れる社会の到来を予見しており、そこで人類が森で暮らしていた頃のような野生の嗅覚を失うようなことがあれば、簡単に情報に翻弄されてしまうという危機感を持っていた。まるでインターネットの普及とその社会的な問題点を突いているようじゃないか。当時、経済成長により人々の生活スタイルが大きく変わっていくなかで、日本の思想界にも大きな影響をえただけでなく、著書「野生の思考」などにより一般にも広く親しまれた。

 2009年に100歳で亡くなってしまったレヴィ=ストロースは1977年に学会に招かれて初来日した。そのとき各地をフィールドワークして歩いたことをきっかけに日本に大変な興味を持って、以来何度も来日を重ねる親日家となった。

 その時代はまだ多くの民家を地元の大工が建てており、職人の文化が日本人の暮らしに息づいていた。陶磁器や織物、竹細工などの民藝も盛んで、彼はこれらの作業現場を大変興味深く見つめていたという。そこでフランス語で「労働」を表す「travail(トラヴァイユ)」という単語が日本の労働に限っては翻訳として正しく当てはまらないことに気がついたんだ。

 一神教の文化を持つ西洋では、労働は原罪を償うための苦役や天国に行くための修行という考えが根底にあり、日々の仕事は生きるために自分を殺して仕方なくするもの、という意識が強かった。それに対して彼が日本で見た職人たちはみな、仕事そのものに価値を見出し、文字通り寝食を忘れて作業に取り組んでいた。

 さらに石や木をムリヤリ人間にとって利益あるものに作りかえてしまう西洋に対して、自然の命を保ったまま手を入れる部分を極力減らして美しい形の道具や家具を作り出していることも知った。

 少ない労力で美しいものを生み出す、という特徴は料理にも通じる。鍋の中で全てを一緒に煮込んでしまう西洋とは違い、日本料理は魚は魚、野菜は野菜というように分けて配置され、口に入れる直前まで食材が生きていたときの姿が見えるようにデザインされているということにも気がついた。ここでも加工は最小限というわけだ。

 遠いフランスから来たレヴィ=ストロースの目を通して見た日本観にはたくさん学べる点があるとオレは思っている。

 いや、思っていた。

 「本来、料理の楽しさや掃除の達成感は人間の野生の部分を刺激してくれるものだ」と、今日はそんな感じに締めくくろうと思っていたが、レヴィ=ストロースが日本を巡っていた時代と、現代では家庭の事情が大きく違っていることに、たったいま気がついた。よく考えてみれば、あの時代の職人がみな自分の仕事を抱えながら、同時に育児や家事を完璧にこなしていたとも思えない。

 どうやら日本の家庭事情の歪みはフランス現代思想をもってしても簡単には解決できないらしい。

 ようりんが悩むパートナーとの家事の比率が10対0なのか6対4なのかはわからないが、きっちりと半分に分かれる日も永遠に来ないと思うので比率をイライラに繋げてしまわないほうが良い。それでも家事に関する交渉を持ちかける場合は、結果的に状況が変わらないことも念頭に入れて休戦のタイミングをきっちり決めておくことだ。交渉というのは、平行線でラッキー、少しでも前進すれば大ラッキーくらいに考え、辛抱強くチャンスを待ち続けよう。

 家事は余裕をもってこなせる量なら楽しいのだが、仕事や育児などが複合的に絡み合うと、とたんに大変になるんだよなぁー。とにかくひと休みしようぜ。


 
 
 
 
 
 

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by hoo-ja986 | 2017-02-08 20:56 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー![19]
     
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新年あけおめ!アツヲに訊けスーパー!をことよろ!
ついに年をまたいだ当コーナー。
今年もアツヲが持っている「器」以上でもなく以下でもない回答で
一生懸命答えます!



 
標準語をこちらでつかうと冷たくキツイ感じがすると言われます。でも私からすると新居浜弁の方がキツイと感じます。どうしたら馴染めますか?
かぴん(35歳・女)


 最近こちらに引っ越してきたのかな?そういうことで話を進めよう。かぴんがそう感じるのは未だ以前住んでいた街に強い愛着があるからだろう。人はどこに行っても自分の生まれ育った土地の記憶とともに生きてしまうのもだ。もし逆の移動を行った者がいれば、やはり新居浜の言葉が恋しくなることもあると思う。それと同じだ。だからどこの言葉がキツイというのはないと思う。

 だからといって標準語を無理をしてすぐにこちらの言葉に直す必要もない。これから新居浜での生活が続けば少しずつ標準語の中に新居浜弁が混じってくることもあるだろう。標準語と新居浜弁のハイブリッド、他の誰とも少し違う自分だけの喋り方こそ、かぴんが歩んできた歴史を表す大切なアイデンティティーとなるはずだ。

 たしかに長く過ごした思い入れのある土地を離れるというのは辛いこともである。その経験がある者はみな街の地形や匂いに圧倒的に敏感になる。これからかぴんはまるで別れた恋人を探すように、新居浜の街並みの中から自分が過ごした街の風景の面影を見つけようとするだろう。

 しかし悲観することはない。ある種の人間にとって生きるという作業は、なくしたものを思い出すことだったり、手に入れそこねたものに再び近づくためのものだったりする。そして、その行動によりしばしば最初に持っていたものより上等なものが手に入ったりするから、人は向上心を持って生きてゆけるのだ。
だからしみじみと思い出せるものを持っているということは、それだけで良いことだ。それを持っていない人間が、世の中には意外に多いからな。

そしていつの日か、かぴんの人生にとって新居浜が思い出深い街のひとつとなることを祈っているぞ!
 
 
 
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by hoo-ja986 | 2017-01-10 20:23 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
僕はライアン博士を越えている
 
アツヲです。
お盆休みに引き続き、お正月休みも映画三昧でいこうということで、
「ゼロ・グラビティ」「インセプション」「インターステラー」のブルーレイを購入。
ゆっくり楽しむつもりが、
誤って3本連続上映して1日で消化してしまいました。でも満足です。

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「ゼロ・グラビティ」はすでに名作としての地位を固めているので
少々のネタバレも入れつつ感想を述べると、
この映画ってカメラの長回しが異様に多く、
シーンのカット数も少ないので、
かなりリアルタイム感が出てるってことに気づきました。
映画館では気がつかなかったんです。

「え、じゃあライアン博士(サンドラ・ブロック)って
ほぼ映画の尺の90分くらいで宇宙から地球に帰ってきたの?」

ってことですが、たぶんそういうことだと思います。

90分っていったら、今治からホージャ編集部に帰るのだって、
道が混んでたらもう少し時間がかかりますよ。

宇宙って近いなー。


帰還にあたって、ライアン博士は
国際宇宙ステーション、ソユーズ宇宙船、中国の宇宙ステーションの順で
ぶっ壊しながら命からがら地球に戻ってくるけど、
僕は営業車に傷ひとつ付けずに松山からだって戻ってこれるので、
僕のミッションスペシャリストとしての実力は、
案外ライアン博士と同等かそれ以上なのかも。

 「インセプション」と「インターステラー」に関しては、
もうクリストファー・ノーラン監督、すごい。5次元宇宙とかすごい。
くらいしか言えません。

それよりノーラン監督といえば、
去年世話していた野良猫ノーラのことを思い出します。
ある日気が付いたら全く別の猫とすり替わっていたのですが

「こんなこともあるもんかなぁ」

と思いながら、その新しくなった猫にエサだけはあげています。

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んんん〜?
キサマ、よく見るとノーラではないじゃないかーーーーっ!!!
 







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by hoo-ja986 | 2017-01-02 10:21 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー![18]
    
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本はいいよね〜。袋麺を鍋のまま食べる時は鍋敷きになるし、
強盗が入れば背表紙の角で頭をぶん殴れば撃退できちゃう。
並べた本が倒れそうな時はハードカバーを数冊平積みするだけでブックエンドにも。
今年最後の、ブログだけで読める「アツヲに訊け!スーパー!」はじまるよ!



 
読書が苦手です。読みかけの本が大量にあります。読み始める時はワクワクしてたはずなのに、最後まで持続しません。どうすれば楽しく読破できますか?
おつゆ(40歳・女)


 読書が苦手と言いながら、この本が売れない時代にしっかりと気になった本を購入するところが素晴らしいじゃないか!いくら中身が気になっても、本はまず買わないことには読書がスタートしないからな。

 もし本を最後まで読み通せないことにコンプレックスを持っているなら、この機会に学生時代に読んだ本を探してもう一度再読してみるのもいいかもしれないな。大人になった今読めば、きっと以前とはまったく別の気づきがあると思う。おつゆにとっての名著に大化けしている可能性も十分ある。実家の押入れを探索してみよう。

 よくある失敗例として本に自分の理想を投影してやたら難しい専門書を買ったりするが、それは本当の本好きのふるまいではない。立派なタイトルの本が必ずおつゆの人生をよい方向に導いてくれるかといえば、それは微妙なところだ。1回も読み通せていないカントの「純粋理性批判」よりも、例えば10回読んだ高田純次の「適当教典」のほうがピンチを切り抜ける際に役立つ(こともある)のが読書の奥深さだからだ。人生で10回繰り返して読める本に出会うって相当な幸運だぜ!「適当教典」にその必要があるかは、まぁ別として。

 本をよく読む者ほど「実際のところ、その場になってみるまでなにが役に立つかなんて分からない」ということを知っているものだ。本に対する偏見を持たないことが、前向きに読書を楽しむコツだ。まるで虎ノ門ヒルズにあるレストランみたいなかっこいい装丁の本じゃなくてもいいじゃないか。薄い文庫本でもいいから、一人で毎晩入れる居酒屋のような本を探そう。

 「読みかけの本が大量にある」ということだが、これも気にするな。何度かデートを重ね、こちらがその気になるだけでステージを先に進めることができる異性がたくさんいるのと同じ状態だ。素敵なことだと胸を張ってもいいくらいだ。さらに本はどれたけ待たせても文句ひとつ言わない。

 また、テレビなどで本が大量に詰まった本棚を見た素人がよく「すごい!これ全部読んだんですか?」なんて聞いているシーンを見るが「なにをバカな。そんなはずないだろう」というのが蔵書家の本心だ。「読了した本」と「これから読む本」または「必要になったら読む本」「気が向いたら再開する本」などが混じりあっている本棚が豊潤な本棚なのだ。人に何か言われたら「私には始まっていない恋がたくさんあるの」とでも言っておけ!

 オレにも「あれを読まなければ、オレの人生は無に等しい!」と書店に走り、買った瞬間に動悸がおさまって、1ページもめくらないまま本棚のオブジェと化した本が大量にある。よって、おつゆの現状はごく一般的な「読書家」の通常運転の姿である。それでもおつゆのペースならば、遠くない将来に必ず気の合う一冊に出会うことができよう。悩む必要まったくなしだ!
 
 
 
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by hoo-ja986 | 2016-12-20 21:44 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー![17]
   
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ブログだけで読める「アツヲに訊け!スーパー!」第17回!
日本人はツラい時はすぐ仏様の教えに頼るのに、
こと商売となると必ずキリストとかその周辺が引っ張り出されるよね。
ちなみにソビエト連邦がクリスマスに崩壊したのは
クリスマス商戦が失敗したからとかそんな理由じゃ全然ないぞ!


 
クリスマスはそもそもイエス・キリストの降誕を祝う日なのに、日本のクリスマスって変!商業戦略に乗っかりたくないと毎年思います。
つむぎ(50歳・女)


 確かにクリスマスは現代の日本では商業戦略であることに間違いはないが、クリスマス商戦がない社会には「お得意様限定の秋冬新作コレクション発表会のご案内」もなければ「イケメンアイドル」もいない。つなぎ放題のWiFiも、この前の博多駅前道路陥没事故の素早い復旧もおそらくないだろう。それがオレたちが生きている資本主義社会の実態で、これらすべてワンセットだ。

 残念ながら社会は「ホテルの朝食バイキング」のように良いとこ取りができない。だから腹八分で満足しながら生きるしかない。もしかしたらつむぎはいま、クリスマスに浮かれる人々も含めてこのイベント全体を斜めから見ているのかもしれないが、君だって恋人と過ごすはじめてのクリスマスはきっと心が躍ったはずだ。ルンルン。私の時代にはクリスマスなんてなかった?ウソはいかん!クリスマス商戦は明治時代からあったぞ!

 しかし!オレはなにもムリヤリつむぎに一緒になってクリスマスを楽しもう!と誘っているわけではない。イギリスの劇作家T・S・エリオットは自著のなかでこんなことを言っている。

 「ひとつの社会の中に階層や地域などの相違が多ければ多いほど、あらゆる人間が何らかの点において他のあらゆる人間の同盟者となり、他の何らかの点においては敵対者となり、かくしてはじめて単一に一種の闘争、嫉視、恐怖のみがほかの全てを支配するという危険から脱却することができるのであります。(文化の定義のための覚書)」

 超簡単に言うと、人々が「おおむね好きだけどたまにイヤ」的なモノとなるべくたくさん繋がっているほうが、大好きなものだけが周りにある世界よりも逆に平和が長続きすると唱えたんだ。

 エリオットはこの好きだったりちょっと嫌いだったりするモヤモヤを「摩擦」と呼び、その「摩擦」が多い社会のほうが安定して長続きすると言った。(たぶんそんな感じ)

 なるほど。たしかに、好きという一点だけで物事と繋がっていると、その気持ちが冷めた時、一気に嫌悪や憎しみに変わって関係を徹底的に壊してしまう可能性がある。オレにも覚えがあるぞ。「恋」とかな。それが国家規模で勃発すれば、すなわち内乱や民族の分断だ。

 「昨日の敵は今日の友」ということは生きてりゃたくさん起こる。それがクルクル回りながら、今日はこっち、明日はあっちという風にみんながゆるやかに移動しながら生活しているほうが健康的というわけだ。

 クリスマス好きもクリスマス嫌いも共存できるのが現在の日本だ。なんでもすぐにお金の話になってしまう資本主義を全面肯定する気はないが、それに背を向けて生まれた社会主義国家のソビエト連邦が25年前のクリスマスに内部から崩壊してしまったのもまた事実。

 まぁイベントなんて自分が静かにしていれば勝手に通り過ぎていってくれるもんだ。外は騒々しいが、コタツに入ってなんとか乗り切ろうぜ。

 オレか?オレはクリスマス好きだぞ!シャンメリーがお店に並ぶからな。




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by hoo-ja986 | 2016-12-06 20:55 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー![16]
   
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「見くびるなよ」
その日、アツヲは真剣な眼差しで私にむかってこう言ったんだ。
「オレは泣き寝入りのプロだぞ」と。
だから私はこう返したのさ。
「は、はぁ...」
ってね。

ブログだけで読める「アツヲに訊け!スーパー!」第16回!はじまるよ!



 
私は、お店の人にえらそうな態度をとる人が大っ嫌いです。なぜ上から目線で接するのでしょうか?いい歳をして恥ずかしくないのでしょうか?
KUKURI(32歳・女)


 当たり前だがオレたちが生まれたばかりで赤ん坊だった頃は母親のおっぱいは無料で飲み放題だった。しかし今は何らかの仕事をして稼いだお金の中からしか生きるために必要な物が手に入らない。はて、オレたちのまわりでいったい、何がどのように変わってしまったのだろう。

 ちょっと昔のことを思い出してみよう。テストで良い点をとるとか、家の手伝いをするとか、親からお小遣いをもらうための条件を提示されるようになった時期はないだろうか。そしてそこに理不尽さを感じた経験のあるものもいるだろう。
 
  親の財布と自分の財布が限りなくイコールの状態である幼い頃には、自分のお小遣をいくら貯めても手が届かないような物も、誕生日やクリスマスをうまく絡めて必要性をプレゼンすればそこに一縷の望みを見出すこともできた。しかし成人が近づくにつれその供給もストップしてしまう。
 
 そう、滞りなく無条件で定期的に懐に入っていた小遣いはある日を境に条件的で限定的なものに変わってしまうのだ。

 これは、オレたちが大人になって放り出される資本主義社会には基本的に前払いのシステムはないことを、まわりの大人たちが暗示してくれているわけだが、これをうまく飲み込めないでいるとKUKURIが大っ嫌いな店員に対して態度がでかい大人が完成してしまう。

 顔に出すことはないが、お店のスタッフだって当然「きちんと支払いは行われるのだろうか」という不安と日々戦いながら精一杯のサービスを提供している。

 爽快とは言い難いが、この経験を経ることで人は日々の経済活動におけるフェアネスの精神を学ぶとともに、駆け引きの能力や勝負どころでのカンを磨いてゆく。つまり大人になっていくってことだ。
 
 サービスに対して不満があるなら遠慮なく論理的に意見を表明すればいい。しかし厄介なことに大人の交渉とは阿吽の呼吸でもある。相手がハードルを上げれば、こちらも本気の態度を見せつける。しかし相手が譲歩する姿勢を見せたら、選択肢を広げてもらったことに素直に感謝して、こちらも柔軟な対応を早急に用意せねばならない。相手が軟化した瞬間に自分が勝負に勝ったと勘違いして、閉店前のスーパーの割引商品をカゴに詰め込むかのごとく、あれもこれもと条件を上乗せするバカが多いんだよな。困ったもんだ。

 勘違いしてはダメだぞ。交渉というのはドローのまま延々ともつれている限りにおいて、互いにとっての利益を最大化させるという特性がある(武力紛争など、人の血が流れる場合を除く)。つまり勝敗というのはキッチリと決まってしまわない方が、長期的に見ていろいろと良いことが多いのだ。

 店員に対して急に態度がデカくなるようなヤツもそうだが、いい大人が小さなことで勝敗を決したがる場面を見るたびに「オマエは一体何と戦っているのだ」とツッコミたくなる。「短気は損気」「急いてはことを仕損じる」まぁなんでもいいが、とにかくライフ・ゴーズ・オンだ。お互い、人生は明日も続くということを忘れないようにしたいよな。


 

 
 
 
 
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by hoo-ja986 | 2016-11-23 21:27 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー! [15]
  
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ブログだけで読める「アツヲに訊け!スーパー!」第15回!
アツヲは敷地内に棲みついたノラ猫が寄生虫まみれだということを最近知って
これからの交際の距離感について考えあぐねているらしいぞ。
とにかく病院に連れて行ってあげろよな!


 
飼っているハリネズミがなつかないんです。心の距離を縮めるにはどうしたらいいですか
モカプチ(35歳・女)


ハリネズミってなかなか珍しいな。そもそも犬や猫と違って人間になつく動物ではないのではないか?古代壁画なんかにもあまり描かれてないだろう。

動物っていうのは本来生きている場所でこそ最大の美しさを見せてくれる。だから珍しい動物の飼い主はあらゆる努力を投じてそれに近い環境を整えてあげるという責務を負うのだ。まずは少し距離をおいて遠くから静かに見守ってやるんだな。いままでモカプチに見せなかった姿を徐々に披露してくれるかもしれない。

人間関係も同じだぞ。こちらが好意を持ったからといってべったりとくっついていると、ダンボール箱の中のミカンのように密着した部分から腐っていく。何事も長持ちさせるにはある程度風通しが必要だ。

確かに美しいモノや愛する人との出会いは人生の喜びだ。だからどんどん関係を深めたいという衝動に駆られて突っ走ってしまう。しかし気をつけろ。どんな関係も食べ物も致命的に腐ってしまう直前はい〜匂いがする。その先にあるのが破滅である可能性もしっかりと考慮しなければならない。

大切にしたい関係を見つけたら、それはオレたちの緻密なメンテナンスなしには擦り減って消耗してしまうものと心得よ!近づくことの同じくらい離れて見守る時間も重要なんだ。

遠くから眺めるからこそ美しいものもこの世界にはたくさんあるのだぞ!

 

 
 
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by hoo-ja986 | 2016-11-08 18:39 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー![14]
   
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ブログだけで読める「アツヲに訊け!スーパー!」第14回!
アツヲが「ジョブズ最後のデザインだからあとで絶対爆騰する!」
と断言して保管している「未開封iPhone 5s」は、
今ヤフオクでだいたい1円スタートだ!


 
旦那は物が捨てられなくて、使わなくなった物はなんでもかんでも倉庫に押し込んでしまいます。どうしたらよいでしょう。
じゃがりこ(39歳・女)


すぐに倉庫を改修しなさい。なんなら空調設備を入れ、床を上げて壁を厚くし、家の中で一番清潔で温度と湿度が管理された空間をつくるのだ。じゃがりこもじゃがりこの旦那も倉庫を生活スペースとゴミ捨て場の中継地点程度に捉えているのではないか?それはあまりにももったいない!家庭内での倉庫スペースの地位をグッと格上げすることで、旦那も「なんでもかんでも」とはいかなくなるはずだ。

昨今は「ミニマリスト」というライフスタイルがブームとなっているようだが、必要なくなったモノをすぐに捨ててしまうのもどうかと思う。豊かな生活のためにはある程度のモノの保管が必要だ。人は常に前だけ見て突っ走っていけるわけではない。ときに過去を振り返り自分の立ち位置を確認する必要がある。その時に役立つのが、ともに人生を過ごした思い出の詰まったモノたちである。

ところで「ハーブ&ドロシー」という映画を観たことがあるだろうか?アパートの小さな部屋に住む、一見なんの変哲もない老夫婦が実は稀代のアートコレクターだったというドキュメンタリーだ。

そろって公務員だったヴォーゲル夫妻は、べつに金にあかしてアートを収集したわけではない。たまたまアートが大好きだった夫婦が、まだ名も知られていないの若手アーティストたちと個人的に仲良くなり、作品に対しての率直な意見を交換し合い信頼を築きながら、ごく安い値段で大量の作品を集めていたのだ。

後に夫妻と交流のあったアーティストたちは軒並み世界に名を轟かせるようになる。それらの作品を1点でもオークションに出せば即大金持ち!しかし夫妻は全てのコレクションをタダで国立美術館に寄贈してしまった。これは実話だぞ!

モノを大切に保管するという行為は先見の明さえあれば自分だけでなく、公共に大きな利益をもたらす場合があるのだ。

残念ながらヴォーゲル夫妻のアパートには倉庫と呼べるような設備はなかった。だからベッド下のスペースや壁などを使い大好きなアートに埋もれて生活していたのだが、寄贈品のリストをつくるため、ふたりが幸せに暮らす小さな部屋に国立美術館の調査員がやってきた時、温度や湿度を厳重に管理されるべき国際的価値のある作品たちが金魚の水槽の横に置かれているのを見て真っ青になったという。美術館とアパートをトラックが何往復もして、部屋は少しだけスッキリしたが、やがてまた買い集めた無名のアート作品で埋もれはじめているらしい。

オレは別にアートで一攫千金を狙えと言っているわけではない。そもそも現代アートの概念はごく最近になって西洋から輸入されたもので我々になじみのある考え方ではない。

歴史をさかのぼり、西洋諸国で限られた一部の貴族階級のみが芸術を楽しんでいたころ、日本では大量に印刷した浮世絵を一般大衆が包装紙に使ったり障子紙を修繕したりしていた。誰もが芸術に触れることができたこの国では美そのものが生活に根付いているので、改めて「はい、これがアートです」と値札ととも芸術品を見せられてもピンとこなくて当然なのかもな。

美しいものに囲まれて暮らしてきた日本人はアートよりも「骨董商」としての方面で才能を発揮できるのではないかと思う。

骨董とは昔からある古いものに、ストーリーを添えて価値を付ける商売だ。ことば悪く言えばガラクタに口八丁で価格をつけているとも言えるが、どんなものからでも人の気がつかなかった美しさを新しい切り口で取り出すというのは、卓越した審美眼なしにできることではない。そして日本これまでずっとそうやって世界を驚かせてきた。

これからの買い物は使い終わったり飽きたりしたら手放すことを前提とせず、日用品から家具まで、次の世代まで残したいと思えるよいモノを夫婦で相談しながらしっかりと選ぶようにしたらよい。その時は「ブランド」だけに踊らされてはいけない。日本には無名でも美しいモノが溢れている。そして自分が直感で「これだ!」と思ったモノを少しでも長く使うために努力することに生きる楽しさがあるのだ。それをきちんと整理・保管し、価値を後世に伝えようとするとき、倉庫などの収納設備は我々にとって大きな味方となる。

資本主義社会が利益を追求してゆけば世界のモノづくりはこれから先、画一化や規格化の波にのまれてゆくだろう。それは個性を生む手作業の工程は「非効率」の名のもとに省かれ、店頭に並ぶ右の商品と左の商品の区別がつかなくなってくるということだ。

しかし人は血の通っていないモノから感動を得ることはできない。楽曲のネット配信が一般的になりつつあるいま、音楽ファンたちが一斉にレコードに走っているのがその証拠だ。ついには「カセットテープ」が増産されはじめたというニュースまで聞いたぞ。

いま売っている当たり前のモノが30年後に必ずお金に変えられない価値を持つようになる。さて、何を未来に持ってゆこうか、倉庫や収納を存分に使って人生を楽しんでくれたまえ。
 

 
 
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by hoo-ja986 | 2016-10-25 22:34 | アツヲ@営業部 | Comments(0)