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アツヲに訊け!スーパー![27]
   
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ネットだけで読める「アツヲに訊け!」のスペシャル版!
「アツヲに訊け!スーパー!」第27回!
さすが星越峠で女の子にキスを3回連続で避けられた男は言うことがちがうなぁ!
消化してるなぁ!


 
理不尽な内容の仕事もやらなければならないとき、自分の中でどのように消化していますか?どのようにしたらいいですか?
めそあっこ(36歳・女)


組織の中で働く以上、残念ながら自分の信義に反する仕事が回ってくることは特に珍しいことではない。会社とめそあっこ自身は別の人格と目的を持って活動をしているので当然と言えば当然だ。しかし自分の仕事に自分なりの「良心」を加えることは可能なのではないだろうか。

どの程度、というのが難しい問題なのだか、ここでは「device(工夫)」や「effort(努力)」ほど大げさなものではなく「spice up little(ちょっとだけ趣向を凝らす)」という按配がよいのではないだろうか。スパイスを少しだけ加えるように、めそあっこの「かくし味」をこっそりと加えてみてはどうだろう。

それはなぜか。仕事である以上、仕様書とまったく違う品物を納品するわけにはいかない?当然それもある。しかしめそあっこが頭を抱える理不尽とやらも、純粋な出発点は誰かの良心からのひらめきだったのかもしれないし、それが事業となり多くの人の手を通過することで少しずつ変質してしまったにすぎないのかもしれない。

つまり、せっかくの良心もそこに送り主と送り先を書き込んでシステム化してしまった瞬間に、他の誰かにとっての暴力に姿を変える可能性が生まれてしまう。本来モヤモヤとその辺りに浮かんでいる温かい空気感のようなもが、名前を持ったとたんに「サービス」だとか「愛」だとか「革命」というソリッドな輪郭を得て必ず誰かを傷つけることになる。そう、「良心」には送り主の名前が記載されていないことがとても重要なのだ。

世の中には確かに理不尽も多いが、誰がやってくれたのかわからない小さな功績も、また数えればキリがない。それは多くの場合、名もない個人によって達成されたものだ。Yahoo!のトップページで大きく賞賛されることももちろんないが、確実に不正義に対するカウンターウエイトとして働いている。

だからこそオレたちは、目の前にあるものが本当の理不尽なのか、またはただの「枯れ尾花」なのか、正しく見分けるために精神の解像度を上げなくてはならない。そのために、仕様書の範囲内で最大限の心を込めるギリギリのラインを見出すという訓練は、これになかなか適していると思う。

めそあっこを通過した仕事は、言葉では表せないが、なぜかいつも「いい感じ」。それでいいじゃないか。そんな無名の良心の数々が、どこかの疲れた誰かを、静かに勇気づけているはずだ。だからオレたちはこうやってなんとか今日も生きているのだ。




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by hoo-ja986 | 2017-05-25 00:00 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー ![24]
   
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ネットだけで読める「アツヲに訊け!」のスペシャル版!
「アツヲに訊け!スーパー!」第24回!
みんな!新生活ご苦労様!
気温はちょうどいいけど、春は慣れないことも多くて何かとストレス溜まっちゃうよね。
これを読んでお金をパァーっと使っちゃおう!


 
節約生活頑張っています!アツヲさんのオススメの節約術はありますか?
パクチー(32歳・女)


いいか、真の節約法とは金を使わないことではない。むしろまんべんなく金を使ってあらゆるモノやサービスから得られる感情をしっかりとモノサシで測っておくことだ。その買い物でどんな気持ちがどれだけ持続したのか、ひとつひとつノートに書き留めておいてもいいくらいだ。

オレたちはしばしば買い物で失敗をする。高い代金を支払いワクワクしながら持ち帰った戦利品を箱から取り出すと、ショーウィンドゥを眺めていた時の輝きが失われているなんて経験は誰にでもあるだろう。考えてみれば当然のことだ。この世で「商品」として流通しているものには全て利益が上乗せされているので、モノ単体では絶対に金額以上の価値になり得ない。もし無限に価値を生み出すものがあったとしても、それはいずれ国により法的に管理されることになる。

それでも我々が買い物を止めないのは、そこに原価と購入金額の差額以上の価値を見出すことができるからだ。究極を言えば、いずれ買った時より価値が上がるものを持つことがベストだが、これはどちらかといえば投資の類である。そこまで目利きになる必要はない。価値の目減り分は自分の心で補うことができる。しかし、ここで覚めない夢を見続ける自信がなければその買い物は失敗に終わる可能性が高い。

その想像力がうまく働かないものは、パクチーの買い物人生においてあまり必要のないものだ。選択肢からバッサリと切り捨てた方が賢明だ。その見極めはやはり経験を積まないと身につかない。人はみな不器用だ。同じ過ちを2度、3度と繰り返しながら少しづつ成長していく。

自分とって何が必要ないものなのか。皮肉なことにこれは実際に一度は所有したり体験してみなければ分からない。答えは人によってもバラバラだしな。その無価値のリストをひとつでも多く書き連ねることが節約の奥義である。若い時期にこの作業をきっちり済ませておけば、いずれ金額の大きな買い物を迫られた時に派手に失敗することはないだろう。そう、節約とは実に金がかかるのものなのだよ。ただ、失敗と成功をしっかり記憶に刻み込みさえすればけっして無駄遣いにはならない。パァーっと使うなよ!記録しろ!







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by hoo-ja986 | 2017-04-06 20:52 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー ![23]
    
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ネットだけで読める「アツヲに訊け!」のスペシャル版!
「アツヲに訊け!スーパー!」第23回!
ちなみに環境が人に影響を及ぼすのはせいぜい20代の前半までで、
そのあたりで価値観が固定されちゃうよね。
そこからは先はその頃欲しかったものを大人買いするために働いてる感じ。
4月に初代たまごっちが復刻されるのが楽しみで仕方ないもん。


 
人は住む環境によって何が変わると思いますか?「東京へ旅立った友人が都会に染まってしまったのかな」と、少し寂しいような複雑な心境です。
ランク(36歳・女)


 この軟弱者が!友達とは自分にない部分を持っているからこそ刺激しあえるんだろ!親しい友達も同じ生活圏で暮らしていると、会うたびにどうしても話題がマンネリになってくる。思考のスパイラルが続いてゆく安心感はあるが、馴れ合った関係だとその螺旋はどこまでも下に向かって伸びてゆく。友達というのは気をつけないと互いがレベルを下げ合う関係になってしまう危険性もはらんでいるのだ。これを好機ととらえよ!この際、友達には一度新しく生まれ変わってもらおう。どんどん都会に染まってもらい、こちらには流れてこない先端の情報を運んでもらうのだ!

 春は出会いと別れの季節である。そして、歳を重ねと少しずつ別れの比率が大きくなってくる。しかし人生において別れが生む余白は無駄にできない貴重な資源だ。ぽっかりと空いた時間にやってくる寂しさは、中年以降の人間が生活に新しい何かを取り入れるときの貴重な火種となる。若い頃はそこらじゅうでエネルギーの炎が次々と無料で発火していたので気にすることもなかったが、いつしかそれは対価を必要とするものに変化してしまう。何か新しいことを始めるには多少のお金と時間とともに心の余白が必要だ。ランクもこの機会になにか新しいことを始めるんだ!東京に行った友人が驚くくらいに、こちらが変わってしまうというのもひとつの手だぞ!都会でないと人が変われないと誰が決めたのだ!

 ドイツの哲学者ショーペンハウアーも「安定しないこと。それこそが世界がここにこうして存在するときの定まった形なのである」という言葉を残している。物事がいつまでも同じかたちで目の前にあり続けることは叶わない。時間は必ず流れていくのだ。そうでなければオレが今日注文したアマゾンの荷物がいつまでたっても家に届かないではないか!それは困る!


 
 
 
 
 


 




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by hoo-ja986 | 2017-03-22 21:55 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー ![21]
    
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ネットだけで読める「アツヲに訊けスーパー!」
2月22日は何の日か知ってるか?
にゃんにゃんにゃん、
つまり特別にアツヲが2つの質問に答える日だニャー!


 
ハウツー本について。本によって真反対のことが書かれていて、何が本当なのか分かりません。やはり最終判断は自分でということなのでしょうか?
ちゃんまし〜(25歳・女)


 その通りだ!そのハウツー本の著者Aと著者Bの間で揺れ動いている状態がまさに、一人の人間としてのちゃんまし〜自身なのだ。ちゃんまし〜もそろそろ気づいているだろうが、世の中には無数の立場や視点があり、そこに絶対的な正義も悪もない。

 読書とは自分の信じるロジックの正しさを補強するためのものではなく「自分の考え以外はすべて間違いである」という、現代社会において陥りがちな息苦しい思い込みを薄めるために効果があるものなのだ。

 それでも何かはっきりとした答えにすがりたい時は平積みの新刊ハウツー本よりも古典を読めばいい。長い時間の洗礼を受けた思想というのはそれだけ価値が保証されているものだ。もし社会の本質に深く迫りたければ獄中手記(※1)もお勧めする。読めばちゃんまし〜は、また少し社会や人間が分からなくなるだろう。しかし何かを未知化するという行為は、人が前に進むための必須作業だ。

 昨今、世界最高の頭脳がしのぎを削るサイエンス・テクノロジーの分野でも、研究が先鋭化するほど答えを一つに絞ることができなくなりつつあり、各所でちょっとした騒ぎが起こっている(※2)。巨大な資本や叡智ですらある分水嶺を越えた時、ちゃんまし〜と同じ状態になっちまうんだ。近い将来「なにが本当かわからない」が世界共通の答えとなるのかもしれない。これからも自信を持って読書を続けてくれ!



人によく真面目すぎると言われます。自分ではそうは思わないのですが、なんだかモヤモヤします。すこーし不真面目になるには具体的にどんな行動をしたらいいですか?
ランク(36歳・女)


 紙面にて真面目は何も考えない状態と書いたが、それは決して悪い意味ではない。なぜなら人が「真面目」でいられる社会とはとても安定した社会だからだ。多くの日本人が気づいていないが、日本の美徳として語られる真面目(※3)という能力は一定の条件が揃ったごく限られた環境でしか発揮することができない。例えば真面目に勉強に集中できる受験生はおそらく生活面で親からの保護を受けているだろう。親と子の分業が確立された世界だ。サラリーマンが会社で自分の部署の数字だけを追えるのも、結局は同じような仕組みからだ(※4)

 しかし社会の枠組みが大きく変化する兆しのある現代では、何かにひたむきに取り組みながらも、各個人が周りの変化にアンテナを張っていないといけない。

 新しい世界観に真剣に目を向けることで、不真面目野郎として異端審問を受けるかもしれないが、これから先ビジネスでも個人でも新しい要素を取り込まないと生き残れない瞬間がきっと訪れるだろう。

 先のちゃんまし〜にも伝えたいことだが、もっとも手軽な不真面目への道は、自分が普段絶対読まないと思われる本を手に取り、中身もろくに確認しないままレジへ持っていくことだ。

 服や食事など、普段買っているもののグレードを中途半端に上げたところで、値段の割に得られる世界の広がりは想像の域を大きく外れることはない。それに比べ数千円の本など安いものだが、実際にやってみるとこれは強烈な罪悪感に襲われるぞ。罪悪感との戦いこそが不真面目への第一歩だ。図書館で借りる、などという甘い考えも捨てろ。身銭を切ることこそが背徳的な喜びを最大化させるんだ!

 質問とは関係ないが、人にそんな忠告するヤツに限ってランクがなにか斬新なことを始めたことを知った途端「もっと真面目に」なんて言い出すんだぜ!人と違うことをすると必ず誰か腹をたてるヤツが出てくる。不真面目はこっそりやるに限るな。



※1 獄中手記を読むとなぜか突然部屋の掃除をしなければという欲求が湧いてくる。断捨離がなかなか進まない人にもオススメだ。

※2 これがどのように問題なのか説明しよう。当然ながら最先端の研究ほど莫大な設備と資金が必要になる。その資金を集めるには大きなビジネスを後ろ盾にするより他ないのだが、実はそのためには「この研究を進めると必ずこのような結果が出るよ」ということを前もって出資者に約束してからでないとエライ人がゴーサインのハンコを押してくれないのだ。世の中で進んでいる大掛かりな研究は、すべて結果ありきで始められているというのが現実で、もし実験で約束した答え以外の結果がでてしまうと・・・わかるよな?

※3 一方で、日露戦争前夜に日本のメディアが開戦モードのなか非戦論を貫いた内村鑑三は「真面目」とは、面目が真になる、つまり「ものごとの様子があらわになる」という意味から、その人の中に眠る想いを正直に外に表現することであると説明している。要するに周りがどう言おうと自分が正しいと思うことを行動に移せる勇気を持った人こそが真面目な人であると定義したのだ。耳が痛いぜ。当時の日本は近代化の真っただなかで、日本人は今までの価値観と西洋から入ってきたばかりの「物質的な豊かさこそが幸せ」という思想とのあいだで大きく葛藤していたんだ。いつでも時代の転換点においては、切実に真面目の意味が問われていたんだな。ってか、もう今日は「カンゾーに聞け!スーパー!」でよくね?

※4 よって戦場で「真面目」をやると死ぬぞ。


 
 
 
 
 

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by hoo-ja986 | 2017-02-22 22:05 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー ![20]
     
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ネットだけで読める「アツヲに訊け」の拡大版!
その名も「アツヲに訊けスーパー!」
でももちろんアツヲにだって解決できないこともあるよ!
今日はそんな日!


 
毎日の家事にイライラします。なんで女ばかりがしなきゃいけないんですか?
ようりん(36歳・女)


 世の中には男が多くの家事を担う家庭も少なくはない。「女ばかりが」という表現が的を得ているかはさておき、もし混乱してとてもこなせないようの量なら、しばらく外食で済ませるなりハウスクリーニングを頼むなり、一度は戦線から大きく距離を取ることも重要だ。

 日本人はなにか自分に手に負えない問題が起こったとき「一所懸命」の精神からだろうか、その渦中のど真ん中で考えるクセがあるように思う。いじめられても休まず学校に行ってみたり、家族仲が悪い時期に無理に一緒に住んでみたりしたところで、自殺やDVの悲劇が増えるだけだ。戦いの基本は「アウトオブレンジ」。つまり相手の攻撃が届かない場所からこちらの攻撃を落ち着いて正確に加えることで有利な状況を作り出せる。何かを解決しようとしたときに問題の射程圏内にいてはダメなんだ。散乱した部屋をそのままにしてでも、まず近所のカフェに一時避難してコーヒーの一杯でも飲んできたらいい。

 そうだ、今日はレヴィ=ストロースの話をしよう。正式な名前はクロード・レヴィ=ストロースという。彼はフランスの民族学者で、オレたちの暮らしが近代化されていくなか、現代人こそ野生の感性を忘れてはならないと説いた人物だ。

 彼は今から何十年も前に情報が溢れる社会の到来を予見しており、そこで人類が森で暮らしていた頃のような野生の嗅覚を失うようなことがあれば、簡単に情報に翻弄されてしまうという危機感を持っていた。まるでインターネットの普及とその社会的な問題点を突いているようじゃないか。当時、経済成長により人々の生活スタイルが大きく変わっていくなかで、日本の思想界にも大きな影響をえただけでなく、著書「野生の思考」などにより一般にも広く親しまれた。

 2009年に100歳で亡くなってしまったレヴィ=ストロースは1977年に学会に招かれて初来日した。そのとき各地をフィールドワークして歩いたことをきっかけに日本に大変な興味を持って、以来何度も来日を重ねる親日家となった。

 その時代はまだ多くの民家を地元の大工が建てており、職人の文化が日本人の暮らしに息づいていた。陶磁器や織物、竹細工などの民藝も盛んで、彼はこれらの作業現場を大変興味深く見つめていたという。そこでフランス語で「労働」を表す「travail(トラヴァイユ)」という単語が日本の労働に限っては翻訳として正しく当てはまらないことに気がついたんだ。

 一神教の文化を持つ西洋では、労働は原罪を償うための苦役や天国に行くための修行という考えが根底にあり、日々の仕事は生きるために自分を殺して仕方なくするもの、という意識が強かった。それに対して彼が日本で見た職人たちはみな、仕事そのものに価値を見出し、文字通り寝食を忘れて作業に取り組んでいた。

 さらに石や木をムリヤリ人間にとって利益あるものに作りかえてしまう西洋に対して、自然の命を保ったまま手を入れる部分を極力減らして美しい形の道具や家具を作り出していることも知った。

 少ない労力で美しいものを生み出す、という特徴は料理にも通じる。鍋の中で全てを一緒に煮込んでしまう西洋とは違い、日本料理は魚は魚、野菜は野菜というように分けて配置され、口に入れる直前まで食材が生きていたときの姿が見えるようにデザインされているということにも気がついた。ここでも加工は最小限というわけだ。

 遠いフランスから来たレヴィ=ストロースの目を通して見た日本観にはたくさん学べる点があるとオレは思っている。

 いや、思っていた。

 「本来、料理の楽しさや掃除の達成感は人間の野生の部分を刺激してくれるものだ」と、今日はそんな感じに締めくくろうと思っていたが、レヴィ=ストロースが日本を巡っていた時代と、現代では家庭の事情が大きく違っていることに、たったいま気がついた。よく考えてみれば、あの時代の職人がみな自分の仕事を抱えながら、同時に育児や家事を完璧にこなしていたとも思えない。

 どうやら日本の家庭事情の歪みはフランス現代思想をもってしても簡単には解決できないらしい。

 ようりんが悩むパートナーとの家事の比率が10対0なのか6対4なのかはわからないが、きっちりと半分に分かれる日も永遠に来ないと思うので比率をイライラに繋げてしまわないほうが良い。それでも家事に関する交渉を持ちかける場合は、結果的に状況が変わらないことも念頭に入れて休戦のタイミングをきっちり決めておくことだ。交渉というのは、平行線でラッキー、少しでも前進すれば大ラッキーくらいに考え、辛抱強くチャンスを待ち続けよう。

 家事は余裕をもってこなせる量なら楽しいのだが、仕事や育児などが複合的に絡み合うと、とたんに大変になるんだよなぁー。とにかくひと休みしようぜ。


 
 
 
 
 
 

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by hoo-ja986 | 2017-02-08 20:56 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー![19]
     
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新年あけおめ!アツヲに訊けスーパー!をことよろ!
ついに年をまたいだ当コーナー。
今年もアツヲが持っている「器」以上でもなく以下でもない回答で
一生懸命答えます!



 
標準語をこちらでつかうと冷たくキツイ感じがすると言われます。でも私からすると新居浜弁の方がキツイと感じます。どうしたら馴染めますか?
かぴん(35歳・女)


 最近こちらに引っ越してきたのかな?そういうことで話を進めよう。かぴんがそう感じるのは未だ以前住んでいた街に強い愛着があるからだろう。人はどこに行っても自分の生まれ育った土地の記憶とともに生きてしまうのもだ。もし逆の移動を行った者がいれば、やはり新居浜の言葉が恋しくなることもあると思う。それと同じだ。だからどこの言葉がキツイというのはないと思う。

 だからといって標準語を無理をしてすぐにこちらの言葉に直す必要もない。これから新居浜での生活が続けば少しずつ標準語の中に新居浜弁が混じってくることもあるだろう。標準語と新居浜弁のハイブリッド、他の誰とも少し違う自分だけの喋り方こそ、かぴんが歩んできた歴史を表す大切なアイデンティティーとなるはずだ。

 たしかに長く過ごした思い入れのある土地を離れるというのは辛いこともである。その経験がある者はみな街の地形や匂いに圧倒的に敏感になる。これからかぴんはまるで別れた恋人を探すように、新居浜の街並みの中から自分が過ごした街の風景の面影を見つけようとするだろう。

 しかし悲観することはない。ある種の人間にとって生きるという作業は、なくしたものを思い出すことだったり、手に入れそこねたものに再び近づくためのものだったりする。そして、その行動によりしばしば最初に持っていたものより上等なものが手に入ったりするから、人は向上心を持って生きてゆけるのだ。
だからしみじみと思い出せるものを持っているということは、それだけで良いことだ。それを持っていない人間が、世の中には意外に多いからな。

そしていつの日か、かぴんの人生にとって新居浜が思い出深い街のひとつとなることを祈っているぞ!
 
 
 
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by hoo-ja986 | 2017-01-10 20:23 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー![18]
    
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本はいいよね〜。袋麺を鍋のまま食べる時は鍋敷きになるし、
強盗が入れば背表紙の角で頭をぶん殴れば撃退できちゃう。
並べた本が倒れそうな時はハードカバーを数冊平積みするだけでブックエンドにも。
今年最後の、ブログだけで読める「アツヲに訊け!スーパー!」はじまるよ!



 
読書が苦手です。読みかけの本が大量にあります。読み始める時はワクワクしてたはずなのに、最後まで持続しません。どうすれば楽しく読破できますか?
おつゆ(40歳・女)


 読書が苦手と言いながら、この本が売れない時代にしっかりと気になった本を購入するところが素晴らしいじゃないか!いくら中身が気になっても、本はまず買わないことには読書がスタートしないからな。

 もし本を最後まで読み通せないことにコンプレックスを持っているなら、この機会に学生時代に読んだ本を探してもう一度再読してみるのもいいかもしれないな。大人になった今読めば、きっと以前とはまったく別の気づきがあると思う。おつゆにとっての名著に大化けしている可能性も十分ある。実家の押入れを探索してみよう。

 よくある失敗例として本に自分の理想を投影してやたら難しい専門書を買ったりするが、それは本当の本好きのふるまいではない。立派なタイトルの本が必ずおつゆの人生をよい方向に導いてくれるかといえば、それは微妙なところだ。1回も読み通せていないカントの「純粋理性批判」よりも、例えば10回読んだ高田純次の「適当教典」のほうがピンチを切り抜ける際に役立つ(こともある)のが読書の奥深さだからだ。人生で10回繰り返して読める本に出会うって相当な幸運だぜ!「適当教典」にその必要があるかは、まぁ別として。

 本をよく読む者ほど「実際のところ、その場になってみるまでなにが役に立つかなんて分からない」ということを知っているものだ。本に対する偏見を持たないことが、前向きに読書を楽しむコツだ。まるで虎ノ門ヒルズにあるレストランみたいなかっこいい装丁の本じゃなくてもいいじゃないか。薄い文庫本でもいいから、一人で毎晩入れる居酒屋のような本を探そう。

 「読みかけの本が大量にある」ということだが、これも気にするな。何度かデートを重ね、こちらがその気になるだけでステージを先に進めることができる異性がたくさんいるのと同じ状態だ。素敵なことだと胸を張ってもいいくらいだ。さらに本はどれたけ待たせても文句ひとつ言わない。

 また、テレビなどで本が大量に詰まった本棚を見た素人がよく「すごい!これ全部読んだんですか?」なんて聞いているシーンを見るが「なにをバカな。そんなはずないだろう」というのが蔵書家の本心だ。「読了した本」と「これから読む本」または「必要になったら読む本」「気が向いたら再開する本」などが混じりあっている本棚が豊潤な本棚なのだ。人に何か言われたら「私には始まっていない恋がたくさんあるの」とでも言っておけ!

 オレにも「あれを読まなければ、オレの人生は無に等しい!」と書店に走り、買った瞬間に動悸がおさまって、1ページもめくらないまま本棚のオブジェと化した本が大量にある。よって、おつゆの現状はごく一般的な「読書家」の通常運転の姿である。それでもおつゆのペースならば、遠くない将来に必ず気の合う一冊に出会うことができよう。悩む必要まったくなしだ!
 
 
 
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by hoo-ja986 | 2016-12-20 21:44 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー![17]
   
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ブログだけで読める「アツヲに訊け!スーパー!」第17回!
日本人はツラい時はすぐ仏様の教えに頼るのに、
こと商売となると必ずキリストとかその周辺が引っ張り出されるよね。
ちなみにソビエト連邦がクリスマスに崩壊したのは
クリスマス商戦が失敗したからとかそんな理由じゃ全然ないぞ!


 
クリスマスはそもそもイエス・キリストの降誕を祝う日なのに、日本のクリスマスって変!商業戦略に乗っかりたくないと毎年思います。
つむぎ(50歳・女)


 確かにクリスマスは現代の日本では商業戦略であることに間違いはないが、クリスマス商戦がない社会には「お得意様限定の秋冬新作コレクション発表会のご案内」もなければ「イケメンアイドル」もいない。つなぎ放題のWiFiも、この前の博多駅前道路陥没事故の素早い復旧もおそらくないだろう。それがオレたちが生きている資本主義社会の実態で、これらすべてワンセットだ。

 残念ながら社会は「ホテルの朝食バイキング」のように良いとこ取りができない。だから腹八分で満足しながら生きるしかない。もしかしたらつむぎはいま、クリスマスに浮かれる人々も含めてこのイベント全体を斜めから見ているのかもしれないが、君だって恋人と過ごすはじめてのクリスマスはきっと心が躍ったはずだ。ルンルン。私の時代にはクリスマスなんてなかった?ウソはいかん!クリスマス商戦は明治時代からあったぞ!

 しかし!オレはなにもムリヤリつむぎに一緒になってクリスマスを楽しもう!と誘っているわけではない。イギリスの劇作家T・S・エリオットは自著のなかでこんなことを言っている。

 「ひとつの社会の中に階層や地域などの相違が多ければ多いほど、あらゆる人間が何らかの点において他のあらゆる人間の同盟者となり、他の何らかの点においては敵対者となり、かくしてはじめて単一に一種の闘争、嫉視、恐怖のみがほかの全てを支配するという危険から脱却することができるのであります。(文化の定義のための覚書)」

 超簡単に言うと、人々が「おおむね好きだけどたまにイヤ」的なモノとなるべくたくさん繋がっているほうが、大好きなものだけが周りにある世界よりも逆に平和が長続きすると唱えたんだ。

 エリオットはこの好きだったりちょっと嫌いだったりするモヤモヤを「摩擦」と呼び、その「摩擦」が多い社会のほうが安定して長続きすると言った。(たぶんそんな感じ)

 なるほど。たしかに、好きという一点だけで物事と繋がっていると、その気持ちが冷めた時、一気に嫌悪や憎しみに変わって関係を徹底的に壊してしまう可能性がある。オレにも覚えがあるぞ。「恋」とかな。それが国家規模で勃発すれば、すなわち内乱や民族の分断だ。

 「昨日の敵は今日の友」ということは生きてりゃたくさん起こる。それがクルクル回りながら、今日はこっち、明日はあっちという風にみんながゆるやかに移動しながら生活しているほうが健康的というわけだ。

 クリスマス好きもクリスマス嫌いも共存できるのが現在の日本だ。なんでもすぐにお金の話になってしまう資本主義を全面肯定する気はないが、それに背を向けて生まれた社会主義国家のソビエト連邦が25年前のクリスマスに内部から崩壊してしまったのもまた事実。

 まぁイベントなんて自分が静かにしていれば勝手に通り過ぎていってくれるもんだ。外は騒々しいが、コタツに入ってなんとか乗り切ろうぜ。

 オレか?オレはクリスマス好きだぞ!シャンメリーがお店に並ぶからな。




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by hoo-ja986 | 2016-12-06 20:55 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー![16]
   
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「見くびるなよ」
その日、アツヲは真剣な眼差しで私にむかってこう言ったんだ。
「オレは泣き寝入りのプロだぞ」と。
だから私はこう返したのさ。
「は、はぁ...」
ってね。

ブログだけで読める「アツヲに訊け!スーパー!」第16回!はじまるよ!



 
私は、お店の人にえらそうな態度をとる人が大っ嫌いです。なぜ上から目線で接するのでしょうか?いい歳をして恥ずかしくないのでしょうか?
KUKURI(32歳・女)


 当たり前だがオレたちが生まれたばかりで赤ん坊だった頃は母親のおっぱいは無料で飲み放題だった。しかし今は何らかの仕事をして稼いだお金の中からしか生きるために必要な物が手に入らない。はて、オレたちのまわりでいったい、何がどのように変わってしまったのだろう。

 ちょっと昔のことを思い出してみよう。テストで良い点をとるとか、家の手伝いをするとか、親からお小遣いをもらうための条件を提示されるようになった時期はないだろうか。そしてそこに理不尽さを感じた経験のあるものもいるだろう。
 
  親の財布と自分の財布が限りなくイコールの状態である幼い頃には、自分のお小遣をいくら貯めても手が届かないような物も、誕生日やクリスマスをうまく絡めて必要性をプレゼンすればそこに一縷の望みを見出すこともできた。しかし成人が近づくにつれその供給もストップしてしまう。
 
 そう、滞りなく無条件で定期的に懐に入っていた小遣いはある日を境に条件的で限定的なものに変わってしまうのだ。

 これは、オレたちが大人になって放り出される資本主義社会には基本的に前払いのシステムはないことを、まわりの大人たちが暗示してくれているわけだが、これをうまく飲み込めないでいるとKUKURIが大っ嫌いな店員に対して態度がでかい大人が完成してしまう。

 顔に出すことはないが、お店のスタッフだって当然「きちんと支払いは行われるのだろうか」という不安と日々戦いながら精一杯のサービスを提供している。

 爽快とは言い難いが、この経験を経ることで人は日々の経済活動におけるフェアネスの精神を学ぶとともに、駆け引きの能力や勝負どころでのカンを磨いてゆく。つまり大人になっていくってことだ。
 
 サービスに対して不満があるなら遠慮なく論理的に意見を表明すればいい。しかし厄介なことに大人の交渉とは阿吽の呼吸でもある。相手がハードルを上げれば、こちらも本気の態度を見せつける。しかし相手が譲歩する姿勢を見せたら、選択肢を広げてもらったことに素直に感謝して、こちらも柔軟な対応を早急に用意せねばならない。相手が軟化した瞬間に自分が勝負に勝ったと勘違いして、閉店前のスーパーの割引商品をカゴに詰め込むかのごとく、あれもこれもと条件を上乗せするバカが多いんだよな。困ったもんだ。

 勘違いしてはダメだぞ。交渉というのはドローのまま延々ともつれている限りにおいて、互いにとっての利益を最大化させるという特性がある(武力紛争など、人の血が流れる場合を除く)。つまり勝敗というのはキッチリと決まってしまわない方が、長期的に見ていろいろと良いことが多いのだ。

 店員に対して急に態度がデカくなるようなヤツもそうだが、いい大人が小さなことで勝敗を決したがる場面を見るたびに「オマエは一体何と戦っているのだ」とツッコミたくなる。「短気は損気」「急いてはことを仕損じる」まぁなんでもいいが、とにかくライフ・ゴーズ・オンだ。お互い、人生は明日も続くということを忘れないようにしたいよな。


 

 
 
 
 
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by hoo-ja986 | 2016-11-23 21:27 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー! [15]
  
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ブログだけで読める「アツヲに訊け!スーパー!」第15回!
アツヲは敷地内に棲みついたノラ猫が寄生虫まみれだということを最近知って
これからの交際の距離感について考えあぐねているらしいぞ。
とにかく病院に連れて行ってあげろよな!


 
飼っているハリネズミがなつかないんです。心の距離を縮めるにはどうしたらいいですか
モカプチ(35歳・女)


ハリネズミってなかなか珍しいな。そもそも犬や猫と違って人間になつく動物ではないのではないか?古代壁画なんかにもあまり描かれてないだろう。

動物っていうのは本来生きている場所でこそ最大の美しさを見せてくれる。だから珍しい動物の飼い主はあらゆる努力を投じてそれに近い環境を整えてあげるという責務を負うのだ。まずは少し距離をおいて遠くから静かに見守ってやるんだな。いままでモカプチに見せなかった姿を徐々に披露してくれるかもしれない。

人間関係も同じだぞ。こちらが好意を持ったからといってべったりとくっついていると、ダンボール箱の中のミカンのように密着した部分から腐っていく。何事も長持ちさせるにはある程度風通しが必要だ。

確かに美しいモノや愛する人との出会いは人生の喜びだ。だからどんどん関係を深めたいという衝動に駆られて突っ走ってしまう。しかし気をつけろ。どんな関係も食べ物も致命的に腐ってしまう直前はい〜匂いがする。その先にあるのが破滅である可能性もしっかりと考慮しなければならない。

大切にしたい関係を見つけたら、それはオレたちの緻密なメンテナンスなしには擦り減って消耗してしまうものと心得よ!近づくことの同じくらい離れて見守る時間も重要なんだ。

遠くから眺めるからこそ美しいものもこの世界にはたくさんあるのだぞ!

 

 
 
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by hoo-ja986 | 2016-11-08 18:39 | アツヲ@営業部 | Comments(0)