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カテゴリ:アツヲ@営業部( 146 )
アツヲに訊け!スーパー![54]
   
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いつか何かの役にたつ「アツヲに訊け!」のスペシャル版!
「アツヲに訊け!スーパー!」第54回!
4年に1回の我が国のサッカー事情の更新が完了しました。
とにかくベルギーを応援したらいいんですね。わかりました。



 
ネット時代の荒波に必死について行こうとしていますが、さすがにもうギブアップしそうです。この先ますます思いやられます。
つむぎ(51歳・女)


 人間社会は常にネットワークと共にある。特殊な声で遠くの仲間と意思疎通をしたり文字を開発しながら、人類史は途切れることなく「ネット時代」だ。同時に、それに対抗する自然回帰運動やヒッピーコミューンの形成も絶えたことはない。つむぎはそこをもう50年も生き抜いたベテランである。まずは自信を持ってほしい。その上で昨今のミュニケーションのハイスピード化だったりハイフルークエンシー(高周波)化はやはり人を大いに疲れさせている。

 気をつけてほしいのは、新しいテクノロジーやトレンドに順応すれば誰もが幸せになれるわけではないということだ。確かに選択肢は増えるだろう。だがそれと幸福は相関しない。むしろ現代人は幸福を追い求めるあまり、死に近づいていることに気がつかない者が多いと感じる。むしろ死から距離をとるために幸福になろうとしたりする。幸福ってのは基本的に死と抱き合わせ商法なのにな。死神目の前にして脇ガラ空き、恋とかしたことないのかね。

 他人によって作られた幸福像というのは近づこうとすれば必ず心身にダメージを負う。筋トレのように傷ついた筋繊維を超回復させながら夢を追うならばいいだろう。しかし幸福はそんな暇を与えてくれないから幸福なんだ。「あーオレ今楽しいなー!」なんて思ったら、セットで「今ちょっと死んだな」って考えるようにしないとかなり危険だぞ。気分良くなってそのまま突っ走っちゃうから、現代人は。だからみんな神経症。神経症で、かつ幸福だ。ご苦労様。

 オレは「LINE」とかやったことないけど、楽しく生きてるし。あれこそコミュニケーションのハイフルークエンシートランザクション化で、それってオレの認識だと死とニアイコールなんだけど。

 あれ?今日って幸福論だっけ、テクノロジー論だっけ。まぁ、どっちでもいいか。




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by hoo-ja986 | 2018-07-04 09:18 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー![53]
   
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いつか何かの役にたつ「アツヲに訊け!」のスペシャル版!
「アツヲに訊け!スーパー!」第53回!
今回はバットマン宮本は日本代表入りしてないんだっけ?
ああそうか、もうあれから12年も経ってたんだった。


 
広めないほうがいい内容を「私はこんなことも知っているんだよ!」と友達がたくさんいるアピールに利用する人がいて、ちょっと困っています。
あお(44歳・女)


 情報とは他人に公表した瞬間に価値を失う。伝家の宝刀とは抜かないからこそ価値を持つのであって、そこにいない第三者の情報をペラペラと喋っているヤツは情報価値と同時に信頼も失う。そしてもうお分かりだと思うが、この世に人が話す他人の情報ほど信用できないものはない。語り手のバイアスによりだいたい事実と大きくかけ離れたものになっているものだ。

 人が社会に触れ、自立して自分自身に価値を持たせなければならない状況に置かれたばかりの若い頃には、よりアンダーグラウンドで過激な情報の交換が現実的な意味を持ち、また楽しい時期もある。しかし人の生涯を俯瞰してみると、人間ってのは誰の世話にもならずに完璧に自立している期間というのは意外に短い。長くても40年程度。やっと親の手を離れたと思った瞬間あっという間に老後生活突入と言ってもそう乱暴ではあるまい。

 人が誰かと支えあって生きていく場合、会話の機能は情報交換だけではないということを忘れずにいてほしい。会話は精神の交換という重要な役割も持っている。「今日は天気が良いですね」という言葉に「今日は天気が良いですね」とまったく同じ言葉をオウム返ししても会話自体は成立する。そこに新しく有益な情報が何もなくてもだ。「楽しいね」に「楽しいね」と返しても、「悲しいね」に「悲しいね」と返しても成立する。物事が前に進まないだけである。しかし何かを進めるとき人は少なからぬ消耗を強いられるし、そもそも前進だけが生活ではない。そして人の信頼関係というのは共に立ち止まり同じ風景を見て同じ感情を共有したときにこそ深まる。

 オレたちは忙しく生活していると、つい生活から無駄をどんどん消し去ってしまうが、そうすると会話からまずオウム返しが消え、次に文学と音楽が消え、娯楽として刺激だけが強く根拠がない噂話だけが残ってしまう。気をつけよう。






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by hoo-ja986 | 2018-06-20 21:11 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー![52]
   
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いつか何かの役にたつ「アツヲに訊け!」のスペシャル版!
「アツヲに訊け!スーパー!」第52回!
TV・DVD・ゲームに依存できなくなるときが、
いつかくる人と、もうきた人へ。老化にようる体力低下こわい。


 
いまの子供はTV・DVD・ゲームに依存しすぎだと思います。アツヲさんの子供の頃は何をして遊んでいましたか?
よっちゃん(56歳・女)


 有史以来紛争が絶えないアフリカ大陸の生むブラックミュージックは、いまや世界の音楽シーンの先端を突っ走っり、ビートミュージックは1拍を5連符で刻み始めた。テクニックが進化してフィギュアスケートの3回転が4回転になったとか、そういう話ではない。技術的ブレイクスルーに関係なく、4連で刻むのが当然の時代に、周りから眉をひそめられながら5連を刻んでいたやつがどこかにいたということだ。非常識の声を押し切って何かを続けていると、後から時代が付いてくることなんて大して珍しいことじゃない。すまない、話がスリップしてしまった。

 オレも同じだったよ。TV・DVD(映画だろうか、アニメだろうか。どちらでもいいけど)・ゲーム、結構。好きなだけ依存させればいいじゃないか。テレビもデジタルエンターテイメントも記録媒体の開発も全て日本がリードしてきた。この国に多くのマイルストーンを残してくれた、いままさに引退真っ只中の世代に感謝するばかりだ。技術オタクによる技術オタク国民国家のためのこの盛り上がりがなければ、世界から見た日本はいまだ「Kamikaze」の国だ。画面に見入るのと、和歌を詠むのと何が違うんだ。どちらも日本の(かつての)伝統芸である。

「その集中力を勉強に使ってくれれば」という気持ちも理解できるが、その実現には構造的欠陥がある。子供たちはどんなことも教科書に載った瞬間につまらなくなることを知っている。言い換えれば大人たちが議論を尽くし、検定作業を経て、満を持してページに印刷されたことは常に「終わったこと」なんだ。この表現には語弊があるかもしれないが、少なくとも子供達はそう捉えているだろう。子供達が興味をもっているのは現在進行形の事柄だ。ブロックチェーンや量子コンピューターについての決定稿は教科書に載っていない。決定打を持っている人間が世界にはまだいないからだ。だがおそらく10年後には出てくるだろう。それはいま「子供」と呼ばれオレたちの保護により生存している者たちの中の、いわゆる優等生ではないほうからだ。

 成長から「親殺し」のエレメントを完全に取り除くことはできないように、子供の主な任務は理解不能な行動で大人を発狂させることだ。一昔前はそれをアジる(扇動する)のが兄もしくは親戚のお兄ちゃん、叔父さんなどだったが、テレビがお茶の間から個人の部屋に移動して、スマホの画面から情報を得るようになった現代、大人までもが自分自身に興味の軸足を移してしまった。何かに興味あるそぶりをみせると、関連するジャンルからその枠をはるかに超えたものまで、蒸気機関車の火室に石炭を入れるかのごとく、新しい知識を次々に放り込んでくれた(そしてこちらのほうが重要なのだが、間違った知識を修正してくれた)存在がもういない。依存させろと言いつつ、オレはこのミッシングリンク、キュレーターの不在には不安を覚える。自分の好きなものだけを追いかけいく(ひとつのテーマだけをどんどん細分化して純化させる)と論理が薄っぺらになっていくだけなんだ、宿命的に。

 情報を得るのは画面からだろうと紙からだろうと関係ない。むしろ子供が画面にかじりつく集中力があるうちに、なるべく多くのジャンル、広い世界と、毒を見せてあげよう。どの分野においてもその世界を体系的に理解するには、10代半ばまでがリミットと言われている。そのリミットまでに子供の好奇心に火種を投げ込み、ガソリンを撒いて、隣接する分野にどんどん延焼させ、どれだけの面積を焼け野原にすることができるかが大人の腕の見せどころだ。子供に興味の行き止まりだけは作ってさし上げたくないからな。




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by hoo-ja986 | 2018-06-06 23:16 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー![51]
   
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いつか何かの役にたつ「アツヲに訊け!」のスペシャル版!
「アツヲに訊け!スーパー!」第51回!
この前「海猿」って最新のドラマ全部観て、
今「ビーチボーイズ」ってドラマ観てる。最新ね。


 
やらなきゃいけない事が多すぎて、どれから始めていいか分からず全部放棄してしまいます。どうしたらいいですか?
ひー(26歳・女)


仕事だろうか。(まぁ家事でも同じことが言えるが)仕事が溜まっているときは、その時点でできる一番簡単な案件から取り組んで順番に終わらせることが基本だ。定期的に小さな結果を提出し続けるが、手持ちの仕事はけっして全て終わらせない。これでいいんだ。夏休みの宿題しかり、定期テストや受験勉強も、学校では多くのことを満遍なく同時に着地させるということをひたすら強要されてきたので焦る気持ちはわかる。それにテンポよく順番に終わらせるためには、何よりも妥協が必要だからな。学校では妥協は習わないだろう?

妥協はペースを守るためだけでなく、仕事の仕上がりを均一に保つためにも必要なものだ。例えば工場で車を造っているとして、今日は天気も良いし気分もノッてるからといってファミリーカーに12気筒エンジンを積んではダメなんだ「今日に限りましては、このカローラはフェラーリをブチ抜けます!」では工場長も困るよ。

そして妥協を使いこなすためには、どうでもいいことがきちんとどうでもいいと感じられる感情の回路が必要だ。ちょっと視点を上げて、広い視野を取り戻そう。テレビを観ているとスティーブ・ジョブズの「明日死ぬとしたら、今日どう生きるか毎日考える」という例の名言が紹介されていたりするが、あれに簡単に感動できるなんて、みんなよほど疲れている証拠だ。「そうだ!会社になんて行ってる場合じゃない!」なんてな。もし明日死ぬなら、今日は家と公証役場100往復に決まってるじゃないか。明日死ぬなんて言われてから行動したって後悔は必至なんだから、自分の人生にとって大切なものはなにか、もっと早く優先順位をつけておけってことだよ。

趣味でも夢でも、本当に自分に必要なものが目の前に現れたときには妥協なんて言ってられないからな。そのときは倒れるまで頑張れ。






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by hoo-ja986 | 2018-05-23 20:47 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー![50]
   
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いつか何かの役にたつ「アツヲに訊け!」のスペシャル版!
「アツヲに訊け!スーパー!」第50回!
ほら50回になった!
あんまりしっかり数えてないけどきっと間違っていないはず!


 
なぜ、大人の世界でも子供の世界でもいじめがなくならないのでしょうか?
MiMi太郎(35歳・女)


 人間に限った話をすると、差異が小さく流動性の少ないコミュニティほどいじめは発生しやすくなる。学校や会社というのは構造的にこの条件にあてはまる。一生を通して学校や会社に属さない人間が日本にどれだけいるだろうか。このことだけでもいじめが世間に蔓延しているように見える理由は簡単に説明がつく。ちなみに差異が小さいということは、いじめを行っているメンバー各個はいじめているターゲットと能力的には大差ない。正しい判断力があれば、もしいじめられても「こいつらも自分と大して変わらないんだなぁ」と思って心の平穏を取り戻すことも可能だ。例外として小さな子供はそれが分からないし、逃げる能力もないので、大人の保護が必要になる。タイマンならば相手をノックアウトするという方法があるが、いじめには基本的に「逃げる」を主とした消極的対策以外にないということをどれだけの大人が正しく子供達にアナウンスできているだろうか。「多勢に無勢」「万事休す」これらの言葉がすぐに浮かばない、もしくは浮かんでも認めない人生とはかなり過酷である。

 話を戻そう。逆に構成される人間の能力差が大きくバラエティも広い集団ほどいじめは発生しにくい。最近、人間の社会でもダイバーシティの重要性が叫ばれているが、これはマイノリティをヒューマニズムの観点から保護しようということでは全くない。人間というのは切り口を少し変えるだけで誰もが簡単にマイノリティに陥ってしまうという当たり前の事実に目を向けるだけの理性を、近代社会がようやく身につけ始めたというだけにすぎない。

 どちらにせよ、いじめそのものがこの世から消えることはない。それが発生しやすい場所としにくい場所があるというだけだ。だから大人になる目的は、いじめが起こっている場所から逃げる能力を身につける。それができない場合でも例えば複数の生活圏を持つことでそこから目を逸らしたり無関心になることができるスタンスを獲得して生き延びることにある。

 ところで、パラグアイのある狩猟民族にはいじめが無いと言われている。獲物は部族の中で平等に分配されるし、そもそも上下関係や権力機構もないので誰か特定の者が食糧を独占してしまうようなことも起こらない。仲間は常に信頼の絆で結ばれ笑顔を絶やすことなく、客人も毎晩ごちそうでもてなされる。しかしここにも大きな落とし穴がある。農耕民族と違い、狩猟民族は確保できる食糧の先読みができないので、働ける者以外を養う余力はない。よって年寄りは動けなくなれば躊躇なく殺されるし、時に子供であっても能力が劣ると判断されれば大人によって殺されてしまう。部族の存続に役立つかそうでないかのみが生命の価値判断となるんだ。全員が平等にトップエリートであるということは、それ以外の生き方は全く用意されていないということで、差異ゼロの世界の先にあったのは「餓死」か「殉職」とだったいうわけだな。

 いじめがない世界の真の姿はユートピアというよりはディストピアだ。このような世界は文学でもジョージ・オーウェルやオルダス・ハクスリーを始めとして多くの作家の手により警鐘として何度も繰り返し描かれている。主に技術の進歩で人間の選別や管理が可能になった世界が舞台になることが多く、オーナーがやや違えどもヒット映画の「マトリックスシリーズ」もこのラインだ。この関係性が分かれば、人間はいつの時代も生命の完全なコントロールに憧れながらも、管理社会のディストピアから少しでも距離を取ろうと戦っている生物と考えることができる。いじめは、人間は人間であり続けるための葛藤の先に生まれる悲しい副産物と見ることもできるのだ。




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by hoo-ja986 | 2018-05-09 20:20 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲの時間

アツヲです。

ここ数日は毎日、読みきれていない本やマンガを持って外出し、
加茂川の上流の巨石の上にあらかじめ見つけておいた、
ちょうどいい感じの凹みに寝転んで本を読んでおります。

うっかり高知県に入ってしまわないくらいの場所だと思います。
ゴールデンウィークだというのに人間とは出くわさないし、
草の茂みで音がして振り返っても、だいたいヘビなので読書がはかどりますね。

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ここ最近の”当たり”は料理研究家・辰巳芳子の「庭の時間」。
読書家の間ではわりと有名な一冊のようなのですが、
確かに「世界の中心で、愛をさけぶ」より売れても不思議じゃない良書でした。

でも本当いい本ってだいたい爆発的ベストセラーにはならいですよね。
そこがまた面白いのですが。
やはり自分で実際に読んでみて検証するしかないのです。
これからも読書がんばります。
明日も”石の上にもアツヲ”です。




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by hoo-ja986 | 2018-05-03 22:11 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー![49]
   
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いつか何かの役にたつ「アツヲに訊け!」のスペシャル版!
「アツヲに訊け!スーパー!」第49回!
気がつけば50回が目前!
今回も次回もいつも通り、アツヲはここにいる!


 
先日、父が亡くなりました。こんな悲しみは生まれて初めてです。どうやって乗り越えたらいいのでしょうか?
2月13日(39歳・女)


 「もう恋なんてするものか、少なくとも明日までは」という歌詞が、バード・バカラックの歌にあったが、肉親の死は失恋の悲しみとは種類が違う。今はまだ辛いだろうが、辛さというのは早く忘れ去ってしまえよいというものでもない。人生はタイムアタック競技ではないのだ。バカラック本人にしても「そんなに気持ちの切り替えなんてうまくできないよ」というアイロニーも込めてこの詩を書いたのだと思うし、恋ですらそういうことなのだから。

 また、乗り越えるといっても悲しみというのは生きる上での揺るぎのない前提条件である。傷の無い人間なんて一人もいない。現代社会は、それを認めようとせず代償行為に走って醜態をさらすヤツの多いこと。空がしっかり青く見えて、果物を齧ればきちんと味を感じられるというのは、腰あたりまでしっかりと悲しみに浸かっている人間にしかできない。気が正常な証拠なんだよ。イケイケの時に人は料理の味なんて分かりゃしないさ。

 逆説的だが、生を全うした死によって人を悲しませることができれば、それは快挙である。英雄譚である。そして自身も死んだ時にせめて誰かに悲しんでもらえるような人にならなければならない。その方法はすでに学んでいるはずだし、いまこの世に生きている君本人とお父上を比べてみても実質的にその力を試す側に立っているのは明らかに君の方だ。回復するべき時が来たと感じたら、そこに目を向けてみるといいと思う。





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by hoo-ja986 | 2018-04-18 20:17 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー![48]
   
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いつか何かの役にたつ「アツヲに訊け!」のスペシャル版!
「アツヲに訊け!スーパー!」第48回!
春によくあるお悩み到着!
ふわふわした気持ちを引き締める、実に簡単な方法を提案!


 
物欲が止まりません。どうすればいいですか?
ゆん(38歳・女)


 わかるよ。物欲というのは時間や心の隙間にスルリと入り込んでくるやっかいなヤツだ。ならば擬似的に散財すればいい。ムクムクと物欲が湧いてきたなと思ったら、すぐに目についたスーパーかドラッグストアに入って、5箱組のボックスティッシュを買おう。高くて数百円。アツヲに騙されたと思ってとにかくボックスティッシュ(5箱組)を買うんだ!買い物はしていいんだ!柔道でも「柳のようにしなれ。樫のように抗うな」というだろう。ただしボックスティッシュ(5箱組)な!

 ボックスティッシュといえば何よりあのボリューム感。あの大きさ抱きかかえてレジに行くことで「買い物」というイベントの満足感が演出される。しかも軽いから腰への負担も少ない。車の助手席に積めば、生活感あふれるカラフルなパッケージがチラチラと目に入り、カネを使うぞ!というあの独特の高揚感を大きく削いでくれる。

 注目すべきは、ティッシュは生活に使えるという点だ。中途半端な資本投下で中途半端な買い物をして、その割に恒久的にクローゼットの肥やしになるようなモノを家に招き入れてしまうくらいなら、安い!軽い!使える!腐らない!重ねて保管しやすい!あの立方体のほうがよほどマシだ。いつ起こるか分からない災害。さらに緊迫する中東情勢とアメリカの自国主義で第三次石油危機が「ない」と誰が断言できよう。混乱時にはいつも大量に積まれている日用品が真っ先に店から姿を消すのだ。

 「同じ金額で美味しいスイーツが買える」などと考えてもいけない。物欲の炎が燃え盛っているのに、さらに元気を出してどうするというのか!そのような有意義なカネの使い方はさらなる物欲の連鎖を生む。オレの提案の骨子はあくまでも、血が上った頭に冷水をぶっかけて冷やすことだ。生活を優先するならば貯めるのはボックスティッシュとカネだ。



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by hoo-ja986 | 2018-04-04 20:06 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー![47]
   
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いつか何かの役にたつ「アツヲに訊け!」のスペシャル版!
「アツヲに訊け!スーパー!」第47回!
エンディングノートも見つけてもらえねば意味なし!
家族とのコミュニケーションが第一です!


 
「エンディングノート」って書いてますか?
のり(42歳・男)


 日々の所感やデータをノートに書き記す作業は20代の頃から続けている。日記帳ではないので別に毎日ではないが、種々情報が書き込まれているため明日オレが死んだらこれがエンディングノートとなる可能性が高い。エンディングノートと合わせて「終活」という言葉も広く知れ渡ったよな。就職活動の「就活」とうまく発音がハマって市民権を得たと思われるが、先に言ったように人はみな生まれながらに死に向かっている。実は「就活」のはるか手前から「終活」は始まっているんだ。

 明日突然死んでしまうかもしれない身だからこそノートと上手く付き合う必要はある。何かを書き記しておくだけで日々の生活にメリハリが生まれる。コツはとにかく小さく始めることだ。やりたいこと、行きたい場所。やりたいことと言っても、例えば引退後の夢なんて書いてはダメだ!せいぜい年内、いや数カ月以内に完了できる規模の事柄に絞ろう。行きたい場所も海外などではなく隣町の美味しいと評判の店の名でいい。通常運行のペースでいかに多くのプロジェクトを達成できるかがポイントだ。その点では買い物リストもいい。買い物リストをバカにしてはいけない。ノートに欲しいものを箇条書きにしておいて、金が貯まった時にリストの中らか必要度の高い順に買っていくという行動を頑なに守るだけで、人生は概ね幸せに過ごせるのだ。この買い物リストを持っていないやつが無目的に散財した時、金もモノも両方残らないという事態に見舞われる。

 自分の想いを書き溜めたノートは自分の分身だ。形あるものとして残り、絶対に裏切ることはない。結局のところ、エンディングノートとはこれが発展したものだ。最初は走り書き程度で十分(余談を挟みたい。ノートに書いたことも状況が変われば気軽に横線で消せばといいか、と思うのだが、自分の手を使って自分のために書いた文字は不思議とこれができない。右手が動かないんだ。やってみれば分かる。他人のための文章ならカッコをつけるためにいくらでも修正できるのにな。経験から学んだ知識である)。とにかく普段からノートに文字を書くクセをつけておくといいだろう。人生終盤までに幸運にもちょっとした財産を残せたとして、いきなり家族のためにリアルに効力のある相続の書類を作ろうとすれば、相応にカネのかかる一大事業となる。集めなければならない書類や情報も膨大で、なかなか骨の折れる作業だ。このタイミングでいきなりドラえもんよろしく「エンディングノォートォー!」と言って人生を総括しようとしても混乱は必至なのである。

 もし「書き記す生活」から離れているならばちょっとした資本投下と思って、まず一冊ノートを買おう。悪い結果にはならないと約束する。ちなみにオレのノートのある一冊、最初のページにはこう書かれていた。行動指針のようなものか。その日、自分とそう契約したのだろう。もちろんきちんと守っている。

「1、迷ったら無理して2つとも買うこと。
 2、コレクションを作らないこと。

 3、クルマは2ドアのクーペに乗ること。」

(※2〜3のスペース原文ママ)



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by hoo-ja986 | 2018-03-21 20:47 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー![46]
   
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いつか何かの役にたつ「アツヲに訊け!」のスペシャル版!
「アツヲに訊け!スーパー!」第46回!
なんか外に出ると鼻水出るし、目も少し痒い。
でも絶対に花粉症じゃない!絶対に違う!


 
断捨離できません。思い出の品もいっぱいで、片付け上手になるにはどうすればいいですか。
もっちーず(34歳・女)


 ただ気に入ったモノを溜め込み隙間なく並べることを楽しむのは人生の前半までだ。頭のどこかで手持ちを減らさなければという囁きが聞こえ始めたということは、オレたちの生活の半分は喪失でできているということがわかってきたからだ。日本の住宅事情を考えると家を博物館にすることはできない。大英帝国時代にイギリスの貴族階級で芽吹いた収集と分類の学問である博物学は人類にとって意義のあるものだが、展示のボリュームが優先され、これを真似ると家がたちまちヴィレッジヴァンガードになってしまうだろう。ミロのビーナスの両腕の欠損が人々を惹きつけるように、あえてその証拠を隠すことによって思い出がより生き生きと輝き出すことだってあるんだ。

 参考として読んでほしいのは近代歴史上の人物が書いた獄中手記である(たとえ罪を犯した者の言葉でも、社会にとって必要性が認められれば販売を続けるという懐の深さが日本の出版業界にはある。ちなみに思想的に本当にヤバイ本は意図的に一般人が二の足を踏むような異常に高額な定価が設定されている。これも出版社の良心である。注意したいのは獄中で書かれたやつを選ぶということだ。出所してから企画・執筆されたものはタレント本と変わらないものも多い)。監獄という世間から隔絶された場所で綴られる文章は圧倒的である。自身は有罪判決で投獄されており社会的マイノリティーであるゆえ、世間の物差しという補助器具にはいっさい頼ることができない。使える道具は冊数の限られた本とノートと筆記具のみで、論理のほぼ全てを自分の頭で構築しなければならない。娯楽や快適性ゼロ。スポンサーも出版の希望もない。読者にしてみてもその文章がどこに辿り着くのかもわからない。それでも著者と読者がこれほど接近できる本は獄中手記をおいて他にない。現代ならば千利休より獄中手記だ。

 極限に削り落とされた空間で著者とサシで向き合ううちに、正義とは、社会とは何なのか、自分の価値観が何度も崩壊するだろう。そして読後にはその文章に対する判断もすべて読者自身が下さねばならない。これがなぜ断捨離に効くかといえば、まさに価値観の再構築こそが断捨離だかである。モノというのは思い出の「パッケージ」に過ぎない。だから重荷に感じたら捨ててしまっても問題はないんだ。その出来事が自分にとって本当に大切なことなら忘れない。また記憶を美しく磨いてくれるのは思い出の品ではなくむしろ時間である。そして忘れるな、思い出は過去だけでなく未来にもあるものなんだ。







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by hoo-ja986 | 2018-03-08 18:16 | アツヲ@営業部 | Comments(0)