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カテゴリ:アツヲ@営業部( 152 )
アツヲに訊け!スーパー![59]
   
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いつか何かの役にたつ「アツヲに訊け!」のスペシャル版!
「アツヲに訊け!スーパー!」第59回!
紹介されてる「I Didn’t Know What Time It Was」は
各々の方法を駆使して探してくれ。ネットの時代である。




 
記憶に残るようなこともしていないのに、最近いつの間にか歳をとっています。なにか今からできることはないでしょうか。
みみ(21歳・女)


 大丈夫。いつか「いつの間にか」で歳をとれない日々がやってくる。今がいつなのかが情報として分かる、と言い変えてもいい。そこで、みみにオススメのナンバーがロレンツ・ハート作詞による「I Didn’t Know What Time It Was」だ。邦題では「時さえ忘れて」と訳される通り、主人公の女性が時間を忘れて恋と青春の日々を謳歌する歌詞が眩しいジャズのスタンダードだが、曲の終わりはこう締め括られる。「I didn’t know what year it was Life was no prize 〜 I’m wise and I know what time it is now(あれは何年のことだったかしら。生きるのがつまらなくなった。今はもうこの目も覚めて、だから何時かも分かるんだ)」

 オレたちは一般的に思春期とか青春と呼ばれる嵐の日々を通り過ぎて初めて数字が認識できるようになる。そして数字が読めるようになった人間は金をかき集め始める。万国共通。日本銀行券を、合衆国ドル紙幣を、ユーロを、人民元を。その金で果てしない退行の旅を、オレたちは願う。誰に願うかって?人生にさ。「なんだか・・・あれは・・・ずいぶんと・その・幸せだったような気がするんだ」と。オレたちは必死に働いて得た金で、いつしか価値という名を持つ幸福を、そのフリをした退行を買い漁るようになるんだ。でも当たり前だが、過去に戻ることなんてできない。いつに戻ればいいか、その座標が分からないんだから。

 「I Didn’t Know What Time It Was」は決して悲劇を歌っているわけじゃない。そもそも喪失が確実に不幸につながるなんて誰が決めた?いったい何を教わってきたっていうんだ。マイナスの後には自然数がつくし、数学的にもカント哲学的にもマイナスは「存在」するものなんだ。充実した人生とは、だから人よりずっと楽しく、つまり人よりもずっと多く失う人生でのことある。

 しっかりとその「いつの間にか」とやらを楽しんでくれ。そして何かを失ったと感じたとき、みみがカレンダーを見るようになったとき、きちんと自分さえ保っていれば目の前に世界は開けるだろう。ピントの合ったカメラのレンズのように、音楽や文学が、そしてあらゆる文化が、商業システムまでをも含め我々「失った者」のためにデザインされていたことに気づくのだ。







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by hoo-ja986 | 2018-09-19 19:58 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー![58]
   
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いつか何かの役にたつ「アツヲに訊け!」のスペシャル版!
「アツヲに訊け!スーパー!」第58回!
ホージャ!いちの謎!ハガキ職人スチュワートに迫る!
それでも先に言っておくけど謎は何も解決されないのである!
弊社、弊アツヲは読者の個人情報の取り扱いにはめっぽう気をつけているのである!



 
スチュワートさんって何者ですか?
ちゃんましぃ(27歳・女)


 新居浜在住スチュワート(男)はオレがバトル天国で返事を書き始めた頃からの投稿の常連、採用数はぶっちぎりで一位。まだ会ったことはないが、オレの心の盟友である。

 気持ちとしては紙面でスチュワート特集を組みたい。高架下でバスケットボールと戯れるスチュワートや路地をそぞろ歩くスチュワートのグラビアとともに、生い立ちから現在の日常生活に迫る「私とホージャ!スチュワート4万字インタビュー」を敢行したい。しかしそれではホージャ!が「クイック・ジャパン」になってしまう(個人的に太田出版は素晴らしい出版社だという想いを絶やしたことはないが)ので、こちらで勘弁してもらいたい。

 とは言え実際に会って話したいかと言えば、これは複雑な問題である。ただ会って楽しく互いの近況を交換し談笑すればいいかと言えば、話はそう単純なものでもないのである(スチュワートが年上であることも少々関係してくる)。これまでの人生でオレを救ってくれたのは間違いなく「読書」であるが、もう一つは「深夜ラジオ」である。深夜ラジオはリスナーの存在なくして成り立たない。それらの番組を支えるのが多くの名物ハガキ職人たちだ。声と文字だけで時に世間を鋭く批評し、時に互いを罵倒し合い、最後は全て笑いに変換してしまう(ここが一番大切だ。「ユーモアとは”にもかかわらず”笑うことである」というドイツの格言通りに)。双方の信頼関係がなければできない、これは芸能である。生き馬の目を抜く放送業界において、ダラダラと話の結末を先送りし、明確な答えは出さず、グレーを許す、そんなラジオにだけ感じる寛容さは、間違いなく声と文字だけのコミュニケーションにより担保されているのだ。いわばパーソナリティーとリスナーの往復書簡である。そしてその往復書簡はどこまでも切実で真剣なものだ、絶えずユーモアによる笑いを必要とするくらいに。だからオレは「アツヲに訊け!」と「投稿バトル天国」で紙の深夜ラジオを目指した。自分の目の前で起こっている何かとてつもなく酷い出来事に対して、オレがなんらかのズレた見当はずれな答えを出すことによって、あらゆる問題をグレーのまま放ったらかしにできないかと試みた。そして回数を重ねる毎に自分の未熟さ、何というか内的な「ソウル」の不足のようなものを痛感した。懺悔や孤独も足りない。スチュワート、だからオレはまだ君に会えないのだ、ここに挙げた何重かの理由により。

 そうそう、深夜ラジオの無法地帯感とアングラ感はいつの時代もオーバーグラウンダーの群れからはじき出された者たちの居場所として機能しているが、大手メディアの内部で活躍する放送作家や構成作家も深夜ラジオのハガキ職人出身者が少なくないし、お笑い芸人ねずっちの「整いました〜」だってテレビで注目をあびるはるか以前、ハガキ職人時代(その頃からラジオネームもねずっちだった)にラジオのコーナーで十分に温められたネタだ。よって俺は当コーナーでスチュワートを温めている最中というわけだ。不用意に世に出せばスチュワートの静謐な投稿生活はパパラッチによってめちゃくちゃにされてしまう。「会えない」と言いつつ、しかし今のところスチュワートは俺のもんだ。愛してるぜ。これからもホージャ!をよろしく頼みます。

ちゃんましぃもな。いつも投稿ありがとう。




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by hoo-ja986 | 2018-09-05 20:32 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー![57]
   
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いつか何かの役にたつ「アツヲに訊け!」のスペシャル版!
「アツヲに訊け!スーパー!」第57回!
全てが平等に運営される理不尽のない世界など存在しない。
世界は不公平で満ちており、助けを求める民で溢れている!
そう、だからつまり「アツヲに訊け」のない世界もまた存在しないのだ!



 
どうして真面目に頑張っている人が馬鹿を見るのか、不公平だなあと感じることが日常生活においてたくさんあります。どうしたらストレスを感じずラクになるのかお聞きしたいです。
おきみ(28歳・女)


 ストレスを消すために効果的なもの、それはもっとキツい別のストレスである。そういう意味で怒りや不快感というのは精神衛生上とても良いものだ。過去の絶望をいとも簡単に消し去ってしまう。劇薬とも言えるが日にち薬にまかせているとこの即効性は味わえない。

 おきみにはジョセフ・ヘラーの小説「キャッチ-22」を勧める。ネットに多数のレビューや考察が散らばっているのでストーリーは各自調べてくれたまえ。発表時に世間にかなり大きな影響を与えたようで(当時アメリカ人は今よりずっと本を読んでいた)、このタイトルは「わけがわからないくらいに混沌としている状況」を指すスラングとしても定着した。従うルールそのものに矛盾がある場合、そのルールに身を委ねることはできない。自分で考えて、自分だけの規範で行動を始める主人公たち。1961年の小説だから「キャッチ-22」というスラングは現在は死語になっているかもしれない。しかし人類史の開始以来、世界は常に「キャッチ-22的状況」である。人類が(全体としても個人としても)発展をする場合、必ず誰か(人間だけとは限らない。例えば自然環境など)の犠牲が必要になる。一見まともな規範も駆動原理はなかなかにグロテスクなものだ。人類はそのグロテスクさを美しいベールで隠し、砂糖で味付けをして酸味の添加物で爽やかに後味を切り、インスタ映えさせて他人に美味しく食べさせる技術を磨いてきた。

 不公平を感じる相手を正義の鉄槌によりそこから引きずり下ろしたところで、間をおかずその席には誰かが座る。それがおきみではないという保証はないのだ。一つの軸線上に立って誰かを見てしまうと、必ず前後(または上下)の関係が成立してしまう。だから誰かを見て不公平だと思う時は、自分もその不公平により利益を得ているている時だ。不公平感というのは他人が作ったルールに全体重を預けてしまった時に必ずつきまとう代償だ。

 主人公が上官にブン殴られる瞬間から物語がスタートする、大平昇平の「野火」もいいぞ。どちらも第二次世界大戦の中で人が狂気に支配されてゆく作品(そして偶然どちらも小さな島が舞台となっている、閉鎖的な環境というのは容易に人を狂わせてしまうのかもしれない)であり、内容は正直に言ってかなりキツい。だがこのキツさがおきみを救う。

猛暑と水害に翻弄されたストレスフルな夏の終わりに。そして次の世界大戦を経験せずに終わろうとしている平成最後の夏の終わりに、この夏の完璧なものとするために必要な2冊だ。




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by hoo-ja986 | 2018-08-22 18:36 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
お盆のアツヲです

 
お盆のアツヲです。

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日本はお盆でもアマゾンで注文したCDが翌日に届くのがスゴイ。
菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラールの「戦前と戦後」が、
ふと思いついた時に新品で手に入るなんて、
それだけでも思春期の闇を超えてネット社会が確立するまで生きてみてよかったってもの。

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お盆休みは僕のソウルマガジン「ブルータス」の整理にあてまして、
空になった本棚を拭いて、バラバラになっていたそれらを号数順にならべるのですが、
毎号毎号、死ぬ気で熟読して内容を頭に叩き込んでいるので、
「なつかしい!こんな特集あった!」っていうのがひとつもないかわりに、
「観賞用と保存用に2冊買っておけばよかった!」という号はいくつもありました。
でも、僕がそれをたまにやると結構その雑誌が休刊になるのです。
昨年も「ワイアード」誌の休刊が決定されました。
毎号きっちり2冊ずつ買っていたのにです。2万冊ずつ買えばよかったのか。

この後は僕のソウルマガジンである「カーサブルータス」の整理をします。









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by hoo-ja986 | 2018-08-17 20:37 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー![56]
   
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いつか何かの役にたつ「アツヲに訊け!」のスペシャル版!
「アツヲに訊け!スーパー!」第56回!
長風呂どころか、外出してるだけでお風呂以上に疲れます。
水分補給を忘れずに。



 
お風呂に入ると、体力を消耗する気がするのですが歳のせいでしょうか?昔は長風呂大好きでしたが、今は疲れるので手早く済ませてしまいます。
虹(37歳・女)



 長風呂って楽しいんだよなぁ。なんか気持ち良くなってそのままぶっ倒れたりなんかして。ついでにゲロなんか吐いちゃっちゃりなんかして。長風呂だけじゃない。オレたち30代は「あの店のあのメニューを死ぬまで喰いまくりたい」とか、「もうこのまま銀河系が終わるまで布団の中で眠り続けたい」とか、「好きな異性と片時も離れたくない」とか、いつの頃からか思えなくなってしまったことに対する戸惑いを未だ鎮められずにいる。

「もう20代は終わったんだ。体力も集中力も落ちてるし・・・」と机の隅に押しやってしまうべき案件かもしれない。でも知ってほしい。このマイナスは大きさを。「貪(むさぼ)る」という行為には失敗を何度も繰り返せるという、大変重要な効用がある。同じ失敗を繰り返すのはバカかもしれない。でも失敗の効果を認めず一直線に成功しようとする姿勢だって同じくらい愚かだ。好きなことを貪っていた頃のオレたちは、失敗を経験し賢くなった後にさらに大きな失敗をすることなんてザラだったし、それを失敗なんて思いもしなかった。失敗し、自己嫌悪に陥りながらもスマートに成功した者が決して手に入れることができなかったものを掴んで戻って来る。これが物事を探究する姿勢の基本である。料理に失敗したら、次はこれをどこまでマズくできるのかを探らなければならない。

 成功だけしかいらない。最小の労力で最大の効果を。なんてスタンスは、言い換えれば「オレは最高に美人の、いい女としか付き合わねぇ」と言っている男に等しい。これが心の狭いクソ野郎だということはお分かりいただけるだろう。しかし巷にはこれに準ずる考えが当然のごとく蔓延し、一部では尊敬すらされている。人類が理解し合えないわけだ。オレに言わせれば、隔絶感というのは親しんできたツールやコンテンツの違いに端を発するものじゃない。だから世代や時代は関係ない。何かを貪ることに関する認識の違いだ。

 あのホリエモンのロケットだってあと10回(たった!)も失敗すればすべての不確定要素を洗い出して技術を確立してしまうかもしれない。ドイツがV2ロケットをドラッグストアの特売花火のごとく打ち上げては海の藻屑にしていた1930年代は遠くなりにけり、というものだなぁ。

 長風呂を諦めるな。まだバスタブの中で見つけていないことを発見するまではな。



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by hoo-ja986 | 2018-08-01 18:16 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー![55]
   
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いつか何かの役にたつ「アツヲに訊け!」のスペシャル版!
「アツヲに訊け!スーパー!」第55回!
2022のカタールワールドカップでも長友頑張ってほしい。




 
バツイチ子持ちでも初婚の男性が結婚したいと思える女性はどんな女性ですか?
がんがんガンコちゃん(34歳・女)


 この質問はがんがんガンコちゃん自身の置かれている状況の問題として答えてよいのだろうか。そうする。まず「バツイチ子持ちでも」と書いていながら自らは初婚の男を希望するとは!しかしなぜか「バツ3で子沢山の男とどうしようもなく恋に落ちる」可能性を最初から排除している。それは明日にでも起こることかもしれないというのに!「禍福は糾える縄の如し」と言うだろう。一見幸せに見えるものも不幸の種となるし、その逆もある。最初から幸せのビジョンを決めてしまっても意味はないんだ。そして恋や結婚とは決してコスパでは計れない二律背反の塊である。そもそも答えは出ないどころか、問題として成立しないのだ。視野を広く持って、アンビバレンツとともに歩むことを恐れないでほしい。

また、あまり世間体などは気にしないほうがよい。恋のアドバイスなんかも要注意だ。恋愛について軽々しくアドバイスなんしているヤツを見ると「この人は恋・・・をしたことがないのじゃないかなぁ」と思ってしまう(そういうヤツにかぎって、恋を計算可能なものとして、つまり相手からの深い愛情と自らの浅い愛情の差分の大きさと勘違いしている)。人を好きになるというのは精神の熱病である。暴走状態で当の本人でもどうしたらよいかわからないのに、第三者に正しいアドバイスができるはずないのだ。恋に正しいアドバイスがあるとしたら、それは恋の炎を消してしまうことである。そんなことして何になる!

よってがんがんガンコちゃんの思い描く未来は決して来ないであろう。だからこそ良いのだ。








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by hoo-ja986 | 2018-07-18 20:52 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー![54]
   
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いつか何かの役にたつ「アツヲに訊け!」のスペシャル版!
「アツヲに訊け!スーパー!」第54回!
4年に1回の我が国のサッカー事情の更新が完了しました。
とにかくベルギーを応援したらいいんですね。わかりました。



 
ネット時代の荒波に必死について行こうとしていますが、さすがにもうギブアップしそうです。この先ますます思いやられます。
つむぎ(51歳・女)


 人間社会は常にネットワークと共にある。特殊な声で遠くの仲間と意思疎通をしたり文字を開発しながら、人類史は途切れることなく「ネット時代」だ。同時に、それに対抗する自然回帰運動やヒッピーコミューンの形成も絶えたことはない。つむぎはそこをもう50年も生き抜いたベテランである。まずは自信を持ってほしい。その上で昨今のミュニケーションのハイスピード化だったりハイフルークエンシー(高周波)化はやはり人を大いに疲れさせている。

 気をつけてほしいのは、新しいテクノロジーやトレンドに順応すれば誰もが幸せになれるわけではないということだ。確かに選択肢は増えるだろう。だがそれと幸福は相関しない。むしろ現代人は幸福を追い求めるあまり、死に近づいていることに気がつかない者が多いと感じる。むしろ死から距離をとるために幸福になろうとしたりする。幸福ってのは基本的に死と抱き合わせ商法なのにな。死神目の前にして脇ガラ空き、恋とかしたことないのかね。

 他人によって作られた幸福像というのは近づこうとすれば必ず心身にダメージを負う。筋トレのように傷ついた筋繊維を超回復させながら夢を追うならばいいだろう。しかし幸福はそんな暇を与えてくれないから幸福なんだ。「あーオレ今楽しいなー!」なんて思ったら、セットで「今ちょっと死んだな」って考えるようにしないとかなり危険だぞ。気分良くなってそのまま突っ走っちゃうから、現代人は。だからみんな神経症。神経症で、かつ幸福だ。ご苦労様。

 オレは「LINE」とかやったことないけど、楽しく生きてるし。あれこそコミュニケーションのハイフルークエンシートランザクション化で、それってオレの認識だと死とニアイコールなんだけど。

 あれ?今日って幸福論だっけ、テクノロジー論だっけ。まぁ、どっちでもいいか。




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by hoo-ja986 | 2018-07-04 09:18 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー![53]
   
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いつか何かの役にたつ「アツヲに訊け!」のスペシャル版!
「アツヲに訊け!スーパー!」第53回!
今回はバットマン宮本は日本代表入りしてないんだっけ?
ああそうか、もうあれから12年も経ってたんだった。


 
広めないほうがいい内容を「私はこんなことも知っているんだよ!」と友達がたくさんいるアピールに利用する人がいて、ちょっと困っています。
あお(44歳・女)


 情報とは他人に公表した瞬間に価値を失う。伝家の宝刀とは抜かないからこそ価値を持つのであって、そこにいない第三者の情報をペラペラと喋っているヤツは情報価値と同時に信頼も失う。そしてもうお分かりだと思うが、この世に人が話す他人の情報ほど信用できないものはない。語り手のバイアスによりだいたい事実と大きくかけ離れたものになっているものだ。

 人が社会に触れ、自立して自分自身に価値を持たせなければならない状況に置かれたばかりの若い頃には、よりアンダーグラウンドで過激な情報の交換が現実的な意味を持ち、また楽しい時期もある。しかし人の生涯を俯瞰してみると、人間ってのは誰の世話にもならずに完璧に自立している期間というのは意外に短い。長くても40年程度。やっと親の手を離れたと思った瞬間あっという間に老後生活突入と言ってもそう乱暴ではあるまい。

 人が誰かと支えあって生きていく場合、会話の機能は情報交換だけではないということを忘れずにいてほしい。会話は精神の交換という重要な役割も持っている。「今日は天気が良いですね」という言葉に「今日は天気が良いですね」とまったく同じ言葉をオウム返ししても会話自体は成立する。そこに新しく有益な情報が何もなくてもだ。「楽しいね」に「楽しいね」と返しても、「悲しいね」に「悲しいね」と返しても成立する。物事が前に進まないだけである。しかし何かを進めるとき人は少なからぬ消耗を強いられるし、そもそも前進だけが生活ではない。そして人の信頼関係というのは共に立ち止まり同じ風景を見て同じ感情を共有したときにこそ深まる。

 オレたちは忙しく生活していると、つい生活から無駄をどんどん消し去ってしまうが、そうすると会話からまずオウム返しが消え、次に文学と音楽が消え、娯楽として刺激だけが強く根拠がない噂話だけが残ってしまう。気をつけよう。






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by hoo-ja986 | 2018-06-20 21:11 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー![52]
   
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いつか何かの役にたつ「アツヲに訊け!」のスペシャル版!
「アツヲに訊け!スーパー!」第52回!
TV・DVD・ゲームに依存できなくなるときが、
いつかくる人と、もうきた人へ。老化にようる体力低下こわい。


 
いまの子供はTV・DVD・ゲームに依存しすぎだと思います。アツヲさんの子供の頃は何をして遊んでいましたか?
よっちゃん(56歳・女)


 有史以来紛争が絶えないアフリカ大陸の生むブラックミュージックは、いまや世界の音楽シーンの先端を突っ走っり、ビートミュージックは1拍を5連符で刻み始めた。テクニックが進化してフィギュアスケートの3回転が4回転になったとか、そういう話ではない。技術的ブレイクスルーに関係なく、4連で刻むのが当然の時代に、周りから眉をひそめられながら5連を刻んでいたやつがどこかにいたということだ。非常識の声を押し切って何かを続けていると、後から時代が付いてくることなんて大して珍しいことじゃない。すまない、話がスリップしてしまった。

 オレも同じだったよ。TV・DVD(映画だろうか、アニメだろうか。どちらでもいいけど)・ゲーム、結構。好きなだけ依存させればいいじゃないか。テレビもデジタルエンターテイメントも記録媒体の開発も全て日本がリードしてきた。この国に多くのマイルストーンを残してくれた、いままさに引退真っ只中の世代に感謝するばかりだ。技術オタクによる技術オタク国民国家のためのこの盛り上がりがなければ、世界から見た日本はいまだ「Kamikaze」の国だ。画面に見入るのと、和歌を詠むのと何が違うんだ。どちらも日本の(かつての)伝統芸である。

「その集中力を勉強に使ってくれれば」という気持ちも理解できるが、その実現には構造的欠陥がある。子供たちはどんなことも教科書に載った瞬間につまらなくなることを知っている。言い換えれば大人たちが議論を尽くし、検定作業を経て、満を持してページに印刷されたことは常に「終わったこと」なんだ。この表現には語弊があるかもしれないが、少なくとも子供達はそう捉えているだろう。子供達が興味をもっているのは現在進行形の事柄だ。ブロックチェーンや量子コンピューターについての決定稿は教科書に載っていない。決定打を持っている人間が世界にはまだいないからだ。だがおそらく10年後には出てくるだろう。それはいま「子供」と呼ばれオレたちの保護により生存している者たちの中の、いわゆる優等生ではないほうからだ。

 成長から「親殺し」のエレメントを完全に取り除くことはできないように、子供の主な任務は理解不能な行動で大人を発狂させることだ。一昔前はそれをアジる(扇動する)のが兄もしくは親戚のお兄ちゃん、叔父さんなどだったが、テレビがお茶の間から個人の部屋に移動して、スマホの画面から情報を得るようになった現代、大人までもが自分自身に興味の軸足を移してしまった。何かに興味あるそぶりをみせると、関連するジャンルからその枠をはるかに超えたものまで、蒸気機関車の火室に石炭を入れるかのごとく、新しい知識を次々に放り込んでくれた(そしてこちらのほうが重要なのだが、間違った知識を修正してくれた)存在がもういない。依存させろと言いつつ、オレはこのミッシングリンク、キュレーターの不在には不安を覚える。自分の好きなものだけを追いかけいく(ひとつのテーマだけをどんどん細分化して純化させる)と論理が薄っぺらになっていくだけなんだ、宿命的に。

 情報を得るのは画面からだろうと紙からだろうと関係ない。むしろ子供が画面にかじりつく集中力があるうちに、なるべく多くのジャンル、広い世界と、毒を見せてあげよう。どの分野においてもその世界を体系的に理解するには、10代半ばまでがリミットと言われている。そのリミットまでに子供の好奇心に火種を投げ込み、ガソリンを撒いて、隣接する分野にどんどん延焼させ、どれだけの面積を焼け野原にすることができるかが大人の腕の見せどころだ。子供に興味の行き止まりだけは作ってさし上げたくないからな。




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by hoo-ja986 | 2018-06-06 23:16 | アツヲ@営業部 | Comments(0)
アツヲに訊け!スーパー![51]
   
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いつか何かの役にたつ「アツヲに訊け!」のスペシャル版!
「アツヲに訊け!スーパー!」第51回!
この前「海猿」って最新のドラマ全部観て、
今「ビーチボーイズ」ってドラマ観てる。最新ね。


 
やらなきゃいけない事が多すぎて、どれから始めていいか分からず全部放棄してしまいます。どうしたらいいですか?
ひー(26歳・女)


仕事だろうか。(まぁ家事でも同じことが言えるが)仕事が溜まっているときは、その時点でできる一番簡単な案件から取り組んで順番に終わらせることが基本だ。定期的に小さな結果を提出し続けるが、手持ちの仕事はけっして全て終わらせない。これでいいんだ。夏休みの宿題しかり、定期テストや受験勉強も、学校では多くのことを満遍なく同時に着地させるということをひたすら強要されてきたので焦る気持ちはわかる。それにテンポよく順番に終わらせるためには、何よりも妥協が必要だからな。学校では妥協は習わないだろう?

妥協はペースを守るためだけでなく、仕事の仕上がりを均一に保つためにも必要なものだ。例えば工場で車を造っているとして、今日は天気も良いし気分もノッてるからといってファミリーカーに12気筒エンジンを積んではダメなんだ「今日に限りましては、このカローラはフェラーリをブチ抜けます!」では工場長も困るよ。

そして妥協を使いこなすためには、どうでもいいことがきちんとどうでもいいと感じられる感情の回路が必要だ。ちょっと視点を上げて、広い視野を取り戻そう。テレビを観ているとスティーブ・ジョブズの「明日死ぬとしたら、今日どう生きるか毎日考える」という例の名言が紹介されていたりするが、あれに簡単に感動できるなんて、みんなよほど疲れている証拠だ。「そうだ!会社になんて行ってる場合じゃない!」なんてな。もし明日死ぬなら、今日は家と公証役場100往復に決まってるじゃないか。明日死ぬなんて言われてから行動したって後悔は必至なんだから、自分の人生にとって大切なものはなにか、もっと早く優先順位をつけておけってことだよ。

趣味でも夢でも、本当に自分に必要なものが目の前に現れたときには妥協なんて言ってられないからな。そのときは倒れるまで頑張れ。






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by hoo-ja986 | 2018-05-23 20:47 | アツヲ@営業部 | Comments(0)